31話 交差点バイオレント
午前11時15分。市役所すぐ近くの県道交差点で「道路を噛みちぎっている何かがいる」との通報が入った。
「……“噛みちぎっている”って表現、久々ですね」
斉藤がメットをかぶりながら言う。
「現場は交通密集地帯。封鎖優先。対処は“牙折り処置”でいくぞ」
西条が言う。“牙折り処置”とは、市の条例で定められた「公共設備を噛み砕くタイプの獣型対象への破損抑制対応」のことだ。
現場へ出動したのは、防衛課フルメンバーと土木課、警備課の合同対応。
現地では、縁石や歩道ブロックが粉砕され、口に“側溝の鉄蓋”をくわえた異形の生物がいた。
四脚、全長約4.5メートル。体表はアスファルト片のようなもので構成されており、踏みしめるたびに地面に“めり込む”音がする。
「仮称“グラジノーラ”。都市構造材を捕食する徘徊性怪獣。目的は不明。硬質対象を見つけると咀嚼反射を起こす」
「つまり、道とか柵とか……“市の財産”を片っ端から食うわけですね。最悪じゃん」
「しかも交差点でこのサイズ……放置すると“事故”につながる」
斉藤と小野寺が住民避難と交通誘導に回り、西条と真壁は処置準備に入る。
作戦は2段階。
1:咀嚼誘導剤(正式名称:FRP系模擬材)を“囮餌”として路面に設置
2:嚙みつき反応中に“顎関節固定パック”を展開、破損を阻止する
簡単に言えば、偽の“噛みごたえのある素材”を与えつつ、本物の道路から引き離すという作戦だ。
「開始地点、北側T字路から。模擬材展開――行くぞ!」
真壁がリモート操作で搬送装置を動かすと、グラジノーラがすぐ反応。ガツガツと音を立てながら擬似素材に喰らいつく。
「今!」
西条が号令をかけ、バリケード車両が左右から閉じる。その車体上部から、特殊ネットと振動抑制パックが展開。グラジノーラの頭部を静かに包み込む。
――が、次の瞬間。
「後脚、踏ん張った!? 跳ねるぞ!」
バインッ!
グラジノーラが咀嚼を中断し、異常なバネ脚で交差点中央にジャンプ。そこは……信号制御盤のすぐ横だった。
「最悪だ、信号系統食われたら“市の半分が麻痺する”!」
小野寺が地図を見ながら叫ぶ。
「“ポイントF10”、西排気孔から再誘導できます! あそこなら構造が脆いので、咀嚼しても破損被害が限定される!」
「了解、再誘導! 土木課、電柱回収トレーラーを急行させろ!“噛みごたえ”を感じさせる素材で引き込むぞ!」
西条の指示に従い、破棄予定だった古い電柱材を積んだ車両がポイントF10へ走る。数分後、グラジノーラが再び口を開け、そちらへ歩き出した。
誘導成功。捕獲枠展開、第二固定装置展開。今度は外れなかった。
午後1時25分。対応完了。
市役所に戻ったあと、真壁が珍しくぼそっと言った。
「……“戦闘”っていうより、“補修作業”に近かったですね。自分たち、土木か防衛か、わからなくなる」
斉藤が笑いながら答える。
「どっちでもいいじゃないですか。“壊されないように守る”のが仕事でしょ?」
西条がいつもの缶コーヒーを開ける。
「怪獣が道路を食うなら、俺たちはそれに合った“メニュー”を用意する。
食わせて誘導して、二度と来ないようにする。それが行政ってもんだ」
今日もまた、誰にも気づかれぬまま、街の一部は守られた。
市民たちは、ただ信号が直っていることに気づくくらいだろう。
拙作について小説執筆自体が初心者なため、もしよろしければ感想などをいただけると幸いです。




