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3話 逃げろ、カラフルシティバス!

 青柳市の朝は、意外と静かだ。

 車も少なめ、通勤ラッシュも控えめ。東京や大阪のような大都市ではない中核都市のゆったりとしたリズムが、住民にはちょうどいい。


 だが、その日。市南部の公共交通センターに勤める運行管理者が、職員用の無線で叫んだ。


「バスが……バスが襲われてます! いや違う、なんかバスを追いかけてるんです!!」


 最初の通報は、そんな支離滅裂な言葉だった。



 午前9時12分。市役所防衛課。

 俺こと西条修一――現場統括係長は、昨日の怪獣対応の疲れが取れぬまま、椅子に溶けていた。


 が、放送が流れた瞬間、背筋が跳ねた。


「警戒レベル2発令。南部地区、青柳交通管内で怪獣らしき移動体を視認。詳細不明」


「……は?」


 デジャブかと思った。だが無線にも同様の報告が次々入ってくる。


「市バスを追う謎の生命体、全身黄色で、車体にべったり張り付こうとしている。なお、市バスは逃走中」


 “市バスは逃走中”ってなんだよ。


「斉藤! 1号車出すぞ! 大村係長、都市交通課に連絡を!」


「了解です! ちなみにバス、時速60キロで南環状を走行中です!」


「めちゃくちゃ逃げてるじゃねえか!」


 そう叫びつつ、俺たちは現場へ急行した。



 現場に着くや否や、目に飛び込んできたのは――道路を爆走する、カラフルな青柳市営バス。そしてその後方、まるでスライム状の生物が、ぬるりと這うようにバスを追いかけていた。


「うわ、なにあれ……あいつ、ガラス越しに乗客を見てるような……」


「観察してる……かもしれません。こっち見ました!」


 怪獣は体長8メートル。黄色く透けたゼラチン質の体表に、赤い斑点のような模様が浮かぶ。あまりに派手で、まるでテーマパークのマスコットのようにすら見える。


「分析班、映像と熱源送った。仮称“スライミオ”でいく。性質は……粘着、追尾、捕食? まさか、バス狙いか?」


「バスというより、人ですね。バスの中の。スライミオはガラスに貼りついて、乗客に触れようとしてます」


 その粘着力は並ではない。追尾能力も高く、道路の起伏を物ともせず、まるで液体のように滑るように動く。


「まずい、あのままじゃ乗客が危険だ。斉藤、先回りしてバスを誘導、ルート変える!」


「了解! 避難路へ誘導します!」


 斉藤が先導車に乗り、バスに無線で指示を送る。バスは大型で、急な小道には入れない。計算されたルートで、最寄りの河川敷へ向かわせる。


 一方、俺と大村は、防災倉庫から特殊粘着抑制スプレーを積み込んでいた。農業害虫用に開発された“吸着酵素分解剤”――つまり、粘っこいものを溶かす薬だ。


「効果、どれぐらいあるかな……」


「市販のナメクジ駆除剤よりは効く。と信じよう」


 現場に着いたバスは、河川敷の広場で停止。運転手が非常扉を開け、避難指示を出すと、乗客たちは走って逃げた。残ったのはスライミオと、バス1台。


 すると――怪獣は、そのままバスに乗り込もうとした。前扉から。


「え、ルール守ってる!?」


 斉藤が驚く中、スライミオはバスの運転席にべったりと張りつき、運転手がいないことを確認すると、動きを止めた。


「……あいつ、“観察”してたんじゃない。真似しようとしてたんだ」


「え、運転?」


「可能性ある。人間の動きを模倣しようと……つまり学習型。めんどくさいぞ、こいつ」


 大村の分析に全員が固唾を飲む。


「止めるしかない。西条さん、スプレーいきますか?」


「行くぞ。いち、に、さん!」


 4方向から取り囲み、スライミオに向かって粘着抑制スプレーを噴射。黄色いゼラチン質の表面がじゅわじゅわと泡立ち、赤い斑点が白く変色していく。


 すると――スライミオは、前扉を使ってバスを降りた。


「お、おい、どこ行く?」


 降りたあと、こちらを一瞥し、スライミオは……そのまま、河川に向かって滑っていった。


 水面をぱしゃりと波立たせて、沈む。

 ……そして、消えた。


「え、討伐じゃなくて、自主退場?」


「いや……自分が“学べない環境”と判断したんじゃないか?」


「学べない環境……」


 斉藤がバスを見つめながら言う。


「俺ら、あまりに雑に対応したから?」


「……否定は、できんな」



 市営バスは無事回収された。乗客も全員無事。バスは洗車場で特殊洗浄が施されたが、粘液の成分から、スライミオのDNA構造の一部が検出された。

 学習性、柔軟性、観察能力――どれも人間に近い性質だったが、攻撃性は低かった。


「分類としては、学習型非捕食型。対処優先度は低だな」


 真壁が淡々と報告書をまとめる。俺はその報告書を読みながら、バス車体に残った小さな黄色い染みをじっと見ていた。


「……あいつ、また来ると思うか?」


「来ますよ。きっと。次は、徒歩で」


 斉藤の軽口に苦笑しつつ、俺はそっと、バスの運転席に手を置いた。


 何も知らぬように、ハンドルは静かにそこにあった。


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