28話 その脚が、市をまたぐ
午後3時24分。
都市計画課から、通常ではあり得ない緊急通報が防衛課に入った。
「ええと……ええ!? “地図に載っていない道路が、突然出現してる”!?」
斉藤の声がひっくり返った。
「位置は……第二環状線の北側。“道のようなもの”が、数キロにわたって地表に“走っている”とのことです。道路標識も信号もなく、ただの真っすぐな……“筋”」
小野寺が地図を覗き込みながら、眉をひそめた。
「衛星画像にも、数分前までは存在していません。これは……何か“動いている”可能性がある」
真壁が淡々と、しかし異常な状況を整理していく。
「熱源データからも、道路状に沿って“点在する高温部”があります。これは――“巨大な何かの脚”」
西条修一は黙って机の缶コーヒーを開けると、言った。
「でかいのが来てるってことか。“街をまたぐスケール”で」
現場に出ると、すぐに異常が目に飛び込んできた。地平線の先に、何かが“動いていた”。
それは“山”にも見えたが、時間と共にその稜線が少しずつ動く――まさしく、“脚”。
「仮称“ダイアーク”。超巨型大地生息獣。体高約130メートル、全長300メートル超。
移動速度は遅いが、進路上の地面を押し潰すことで、道路や線路が文字通り“書き換えられる”」
「……歩くだけで“地形を新設”するってことですか」
「そうだ。しかも、気づかずに都市圏へ入ってくる」
このままだと、中心部の交通網を完全に断絶される。防衛課だけでは対応できない。だが、“市”の災害として最初に動けるのは、やはり俺たちしかいない。
「いいか、今回の作戦は“破壊ではなく、進路の転換”。奴を西の農地帯へ逸らす。
山林地帯まで誘導できれば、損害は最小限になる」
作戦は“重低周波誘導”。
都市部に点在する防災無線用スピーカーと、古い土砂災害警報器の警報音を活用し、人工的な“鳴動帯”を形成する。
真壁は共鳴シミュレーションを組み、小野寺が地形と建物配置を見ながら「音を通す通路」を編成。斉藤が現地の警報器に直接アクセスし、手動で音を発する準備を進める。
西条は市役所屋上に立ち、全体の進路と、音響の反応を監視する。
「動きが鈍いからって、悠長に構えてたら、すぐに“街の構造ごと塗り替えられる”。タイムリミットは2時間だ」
午後4時15分。最初の警報が鳴る。
鈍重な“山”が、わずかに進行方向を変える。
「反応あり。左脚の回転軸が8度東寄りに変位。成功率52%」
「まだ足りない。次の音は、“ビル群を通して反響させろ”。“峡谷効果”を使う」
斉藤が叫ぶ。
「三丁目交差点、出力上げます!」
音が鳴る。
そして、巨体が、音の通路へと、音もなく滑るように旋回し始めた。
「……進路、変わった。逸れた……!」
全員が、無言のまま各々の機材を停止させた。
午後6時。
巨獣ダイアークは、山林地帯の奥へとその身を沈めた。
地図には、依然として“存在しない道路”が一本、斜めに走っている。それは彼が歩いた痕だ。
西条は屋上でコーヒーを一口すすり、小野寺に言った。
「都市計画図が、怪獣に“修正される”ってのは、さすがに初めてだな」
「でもそれを、もう一度“人間の手”で上書きするのが……市役所なんですよね」
「道は引き直せる。けど、奴が残した“轍”だけは消せない。ま、それも含めてうちの管轄だ」
誰にも気づかれぬうちに、街の構造は一度“踏み直された”。だが、その巨体を前にしても、市役所はいつものように黙々と処理していた。
拙作について小説執筆自体が初心者なため、もしよろしければ感想などをいただけると幸いです。




