27話 ステージ裏にて、咆哮は控えめに
日曜日の朝、市役所の駐車場はいつもと違う雰囲気だった。大型テントが並び、音響テストのリハーサルが響く。今日は年に一度の「市民フェスティバル」当日。市役所職員も総出で設営や案内に借り出される日だ。
防衛課も例外ではなかった――とはいえ、「もしものときの備え」という名目で、俺たちは本庁舎の控室に詰めていた。
「出動がないのが一番……っていう空気、毎年フラグになりますよね」
斉藤がぼそっと言いながら、資料テーブルに備品を並べている。小野寺は会場マップを見て、避難導線の確認中。真壁は無線機のチェックをしている。
「まあ、怪獣もフェスは遠慮する……わけないな。音とか振動とか、人の気配とか」
西条修一――俺はいつものように缶コーヒーを開けて、控室の窓からステージを見下ろしていた。
そのとき、会場の隅の関係者通路から、担当スタッフが慌てて走ってくるのが見えた。
「西条さん! ちょっと、音響機材の下から“変なもの”が見えてるって……!」
すぐに全員、ステージ裏へ向かった。
問題の“変なもの”は、ステージ裏のスピーカー台の下、配線の束の奥にいた。
最初は汚れたクッションかと思ったが、目が合った。
小さな丸い体に、半透明の皮膚。まぶしい音が鳴るとびくっと震える。音響スピーカーの裏に体を押しつけ、じっとしていた。
「……これは……“サイレノフ”。音響反応型潜伏獣。
強音域に反応し、一時的に“同調震動”を起こす。共鳴が限界を超えると、自身が破裂し周囲に“音圧破片”を飛ばす」
真壁がそう呟いた。
「爆発する……ってことですか?」
「厳密には“鼓膜を破壊するレベルの高圧音波”を断続的に撒き散らす」
ステージの上では、市長の挨拶リハーサルが始まりかけていた。スピーカーのすぐ下には、この“危険な共鳴体”が潜んでいる。対策は即時必須。
「でも……あれ、自分から攻撃してこないですよね?」
小野寺の言葉通り、サイレノフはびくびくと震えているだけだった。静かな空間を求めてここに来たのだろう。
「共鳴を“始めさせない”うちに、静かに外へ誘導するしかないな」
俺たちは音響チームに通達を出し、全ステージの出力を5分だけカット。代わりに“可聴域外のゆるやかな抑制音波”をステージ裏で流す。
「この音、気持ち悪いですね……」
斉藤が顔をしかめたその横で、サイレノフはスピーカーの下から、よちよちと移動を始めた。音を嫌がっているというより、心地よい“静けさ”を求めているように見える。
俺たちは会場裏の林まで誘導し、準備していた吸音シートの中へとそっと収容した。
数分後、リハーサル再開のアナウンスが聞こえる。
「本番の1時間前に処理完了。さすが俺たち」
「静かな怪獣も、うるさくなると爆発するんですね……なんか人間みたい」
小野寺の言葉に、誰かがふっと笑った。
「ま、市役所職員だって爆発寸前のときあるからな。サイレノフに共感したやつ、たぶん課内に何人かいるぞ」
広場では、市民たちが集まり始めていた。
何も知らない顔で、笑っている。
今日もひとつ、危ない音は消えた。俺たちが、いつも通り静かにやっただけの話だ。
拙作について小説執筆自体が初心者なため、もしよろしければ感想などをいただけると幸いです。




