23話 配属1日目、怪獣あり
午前9時、異動初日の朝。
青柳市役所・防衛課に、新しい仲間が加わった。
「本日より防衛課に配属となりました、小野寺 理央です。前は文化振興課にいました。よろしくお願いします」
小柄で快活な口調の女性職員。年齢は30代前半くらいだろうか。
落ち着いた口調だが目は鋭く、なにより“場の空気を読む速度”が妙に早い。
俺、西条修一はひとまず名刺と缶コーヒーを渡して言った。
「防衛課は静かな部署だ。昼まではな」
「はい……ん? “までは”?」
「午後から怪獣が出る。だいたいそうなってる」
「え?」
冗談半分のつもりだったが――それは、現実となる。
◆
午前11時23分。
広報課が管理する“市内移動式図書館バス”が、運行中に車体ごと“沈む”という不可解な通報が入った。
現場は市内・水無月住宅街の交差点。
アスファルトの真ん中に、バスが半分だけめり込んだ状態で止まっていた。
「穴に落ちたわけじゃないな……地面が“吸った”ような沈み方だ」
その周囲、路面は濡れていないが、妙に冷気が立ち込めていた。
「仮称“ネガヒラリ”。地中半透明型沈降獣。
特性:コンクリート層の下に浸透し、局所的に“重さのない空間”を生み出す。
物体を“沈める”が、破壊せずに保持する。いわば、“無音の捕獲”を行うタイプ」
「……要は、地面の下に怪獣が“隠れてる”わけですね?」
小野寺がそう言いながら、既に手帳を取り出していた。
「このエリア、老朽化した雨水貯留管が密集してます。都市整備の資料、文化課時代に扱ったので」
「即戦力だな。配属1日目で怪獣相手とは思わんかったろうけど」
「うっすら予感してました。青柳市、妙に予算の“地中系項目”が多かったので」
「……予算書で気づくやつ初めてだ」
◆
現場対処班と合流し、ネガヒラリの“コア”の位置を探す。
「……たぶん、バスの“影”を利用して、真下にコアを移してます。
このまま放置すると、周囲の建物まで沈む恐れがあります」
そこで、ネガヒラリの“性質”を逆用する作戦に出る。
作戦名:“空中反射誘導”。
移動図書館の上部にアルミ反射板を設置。
地面に向けて“反射光”を照射し、地中のネガヒラリが“浮上”したと誤認するよう誘導。
重力方向を誤認させ、“自ら地表に現れる”状態に。
「地中にいるなら、こっちが“光の地面”を作って誘うだけです」
「見た目は派手だけど、理屈は地味だな」
◆
午後12時45分。
作戦開始から10分後、バスの周囲の地面がぬるりと波打った。
そして――**透明な“縦に潰れたクラゲのようなもの”**が、アスファルトの隙間から現れた。
「出た! 沈降を止めろ!」
下部に入り込んでいた気圧が抜け、図書館バスがゆっくりと元の高さへ戻る。
ネガヒラリは、光を嫌がるように身をよじりながら住宅街の排水溝へと消えていった。
◆
午後2時。
バスは無事撤収され、地面の補修が始まる。
小野寺は腕を組みながら言った。
「配属初日が“地面に飲まれたバス”って、記憶に残りますね」
「これが青柳市の防衛課。慣れろ、とは言わん。けど、ついて来られそうだな」
「“地味におかしい現実”は、文化課でも毎日でしたから。いけます」
◆
庁舎に戻り、恒例の缶コーヒー。
新人にも、一本。
「じゃ、小野寺。歓迎の意味で一言。どうだ、防衛課は?」
「はい。わりと好きです。なんか、現実にちゃんと“理由がある変”って感じが」
「……いい感想だな。うちに向いてる」
拙作について小説執筆自体が初心者なため、もしよろしければ感想などをいただけると幸いです。