21話 包囲網の中で、吠えたもの
午後3時15分。
青柳市役所の防衛課に、警察からの直通連絡が入った。
「対象、現在も市内に潜伏中。逃走の意思はなく、ただその場に佇んでいる。……ただし、周囲に威圧行動あり」
「“怪獣らしき存在”として、市の防衛課にも動員要請したい。至急、現場へ」
俺、西条修一。青柳市役所・防衛課係長。
その一報に、書類を持つ手を止めた。
「……ついに警察の方から、“こっちへ来い”って言ってきたか」
「現場はどこです?」
「市内・城山公園の裏手。バス通り脇の廃工場跡地。……ああ、確かに“野良”が溜まるにはちょうどいい場所だな」
◆
現場到着。すでに、周囲100メートルは青柳署の警察官により封鎖済み。
警備車両、バリケード、巡回ドローン。……とにかく物々しい。
それだけの対応を取らせた原因が――廃工場の敷地内に、1体だけ佇んでいた。
毛皮のような体表。筋肉質の四足歩行型。
全長は4メートルほど。狼とも犬ともつかない輪郭。
ただし、顔の中央には鼻ではなく**“縦に割れた振動孔”**があった。
「仮称“ケモガレ”。動物型警戒獣。
特性:低周波による威嚇。広範囲にわたる“心理的不快感”を与えるが、直接的な攻撃行動は確認されていない」
真壁が手帳を確認しながら言う。
「ただし、刺激を与えると“咆哮”を放ち、周囲の犬・鳥類などがパニックを起こすようです」
「……あの姿、あの態度。完全に“縄張りを主張してる”な」
「でも、もとは“ただ通っただけ”だったのかもしれません」
「どこかから“流れてきた”ってわけか」
◆
問題は、この現場の“主導権”が警察側にあるということだった。
防衛課としては怪獣に分類するが、警察にとっては“正体不明の不審生物”。
すでに現場指揮官が陣取っており、こちらはサポート扱いだ。
「どうも。青柳署の大西警部です。……市役所さん、いつもご苦労さま」
「現場、何か動きありましたか?」
「何もせんのが、逆に不気味です。ずっとこっちを見てる。だが一歩も動かん」
「威嚇でしかないなら、“移動”の誘導が可能かもしれません。こちらで対応を進めても?」
「それが、そうもいかんのです。警察署長から、“絶対に市民に近づけるな”と。
――万が一、通報者の近くに寄った時点で、“発砲も辞さず”との命令が出てましてね」
「発砲……? いや、それはまずい。あれ、下手に撃てば咆哮で周囲がパニックに……」
「おたくらの作戦、あるんですか?」
「あります。“包囲網”を“逆に使う”方法です」
◆
作戦名:“ハウル・ゾーン転換作戦”。
ケモガレの縄張り意識を逆用し、“仮設の空間”を一時的に「より強い縄張り」と錯覚させ、そこへ移動させる。
具体的には――
警察の封鎖車両を少しだけ“後退”させ、ケモガレに「空白域」を提示。
そのスペースに“動物臭フェロモン(鹿の糞・犬の体臭)”をまき、“他者の侵入”を演出。
さらに、低周波スピーカーで“擬似的な他個体の威嚇音”を再生。
ケモガレはそれに対し“マーキング”のため、場所を移動する。
つまり、無血での“縄張り移動”作戦だ。
「……野良犬の喧嘩止めるみたいな話ですな」
「犬より気難しいんで、丁寧にやります。ひとつでも段取り崩れると、吠えます」
◆
午後4時25分、作戦開始。
警察車両が数メートル後退。
におい誘導班が速やかに撒布し、同時にスピーカーから“唸り声”が流れ始める。
ケモガレが、首をもたげた。
そして――1歩、また1歩と、静かに、だが確実に移動を始めた。
「来るぞ……いま、境界線を越えた……」
午後4時36分、ケモガレは“新たな縄張り”と判断した仮設空地へと到達。
背を向けると、ゆっくりと腰を下ろした。
威嚇は止み、音も止まった。
ただ、それでも人間には近づこうとしない。
まるで、「ここは俺の場所」と言いたげに。
◆
その後、ケモガレは夜になってから、自発的に市外の山林方面へと移動。
追跡用のドローンが確認し、以後は“野生領域”として自然保護区へ報告された。
帰り際、大西警部が言った。
「……銃を構えるより、におい撒く方がうまくいく日もあるんですな」
「怪獣に拳銃じゃ、勝てないですよ。
でも“縄張り意識”なら、人間も同じでしょう。デスクも、家庭も、庁舎の椅子も」
警部は笑って、「あんたら、大変だな」と言って去っていった。
◆
夕方。課に戻ってきた俺たちは、椅子に腰を下ろして缶コーヒーを開けた。
「においまで撒くとは思いませんでしたよ」
「行政ってのはな……五感全部を使うんだよ」
「じゃあ来週は“味覚型怪獣”ですか?」
「そしたら君に食ってもらう。出動だ」
拙作について小説執筆自体が初心者なため、もしよろしければ感想などをいただけると幸いです。