20話 ようこそ、青柳市防衛課へ
午前9時5分、来客用ポットのコーヒーは空だった。
「おい、斉藤、コーヒー誰か飲んだか?」
「それ、来客用です。今日、視察あるの忘れてました?」
「……ああ。そうだった。来んのか、ほんとに」
今日の午後、青柳市防衛課に**他市からの“怪獣対応行政視察”**がある。
視察に来るのは、隣県・穂坂市の総務部災害対策課の3名。
青柳市で“怪獣対応が常設部署で行われている”というニュースを見て、
「地方都市行政における特異災害マネジメントのモデルケースとして視察を希望したい」と申し出があったらしい。
「書類には“防災教育の一環として”“今後に向けた参考として”とか、いいこといっぱい書いてあったけどな」
「実際は、“ほんとに怪獣なんかいるの?”って顔して来ますよ、絶対」
「まあ……来て、わかるだろ。ここが“平常で非常”だってこと」
◆
午後1時、穂坂市役所からの視察団が到着。
30代前後の職員が2名、20代の若手が1名。いずれもスーツに手帳、表情はやや緊張気味だ。
「今日はよろしくお願いいたします。怪獣……というか、“特異生物災害”対応について、基本的な体制からお聞きできればと」
「ええ、よろしくお願いします。基本的には、“出るたびに全力でなんとかしてます”って感じですね」
「え……それ、基本ですか?」
「基本です」
ひとまず、防衛課の通常対応や過去の出動事例をざっくり紹介し、
資料を見せながら、庁内の応接室で1時間ほど説明。
「なるべく現実的に」「行政のリソースで」「戦わず制御する」――そんな方針に、彼らは神妙に頷いていた。
……が、事態は、ここで終わらない。
◆
午後2時11分、防衛課の内線が鳴った。
「市営中央公園の噴水周辺で、巨大な球体状の構造物が発生しています」
「一部が振動しており、地面のコンクリートがひび割れを起こしています」
同時に送られてきた画像には、噴水の中央でぼんやりと浮かぶ、直径4メートルの球体。
表面は半透明で脈打っている。
「……あー、これダメだな。放っとくと弾けるやつだ」
「現場、行きますか?」
「当たり前だろ。穂坂の皆さんも、どうぞ“現場見学”へ」
「えっ!? 今から!?」
◆
現場は、観光客で賑わう中央公園の噴水広場。
球体は噴水装置の真上に浮遊し、時折、低周波のような“うねり”を周囲に放っていた。
現場の市民は既に避難済み。警察と交通課による封鎖完了。
そして職員たちの目の前で――球体が、ごく微かに弾けた。
**パアアアン……**と、目に見えない衝撃波。
装飾タイルが3枚、吹き飛んだ。
「これが“実際の怪獣”対応ですか……!」
「いやまだ、発動しかけだな。中身は未確認だ」
◆
「仮称“バルーンゼラ”。浮遊型膨張獣。
特性:中心部に可燃性ガスを生成、外部からの振動や熱量で暴発の危険あり。
現時点での膨張率75%、このままいけば約12分で臨界」
「西条さん、風下に送風車の設置完了です!」
「よし。斉藤、例の“ゼラ割りスピーカー”持ってきたか?」
「もちろん! 音響誘導、爆破方向は“芝生エリア”に向けます!」
「穂坂の皆さん、見ていてください。これが、我々の“怪獣対応型騒音設置作戦”です」
「……いやほんとにやるんですね、こういうの」
◆
作戦はこうだ。
1)球体の反応する周波数を突き止める(過去の記録より得られていた)
2)その音を“指定方向”から流すことで、球体を誘導的に弾けさせる
つまり、“安全な方向に破裂させる”という、なんとも行政的な対処法である。
「じゃ、流すぞ。“割れる音”で“割る”。逆転の発想だ」
スピーカーが唸る。バァアアア……ン……バァアアア……ン……
球体が、ぐらりと揺れる。
そして――パンッ!!
まるで水風船が割れたような軽やかさで、球体が破裂。ガスと粘液が風下に吹き飛んでいく。
「被害、なし! 周囲清掃班、展開開始!」
「分析班、残渣サンプル回収!」
「穂坂の皆さん、ここが“普通”です」
「……我々の“普通”とあまりにも違いすぎて、逆に安心しました」
◆
午後4時、視察団は「参考になりました!」とやや引きつった笑顔で帰っていった。
「“うちでは真似できない”って顔してましたね」
「真似するもんじゃないからな。真似されるほど、こっちも本望じゃない」
「……でも、案外あっちにも出てるかもしれませんよ。“気づいてないだけで”」
その言葉に、俺は缶コーヒーを片手に窓の外を見た。
……風に舞う紙くずが、どこかで浮いたように見えたのは、気のせいだろうか。
拙作について小説執筆自体が初心者なため、もしよろしければ感想などをいただけると幸いです。