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2話 道路陥没、そしてあいつは下から来る

 青柳市役所、金曜の午後。週末の香りに油断しかけた職員たちの背筋を伸ばしたのは、庁舎内に響いた“ドン”という重低音だった。


「……今の、地震じゃないですよね」


 職員課の山田さんが震える声で呟く。防衛課の我々にしてみれば、聞き慣れた“怪獣系の揺れ”だ。


 案の定、すぐに内線が鳴った。防衛課長からの一言。「地下です」


「うへぇ、また地中タイプかよ……」


 ついさっき飲みかけた麦茶を放り投げて、俺――防衛課・現場統括係長の西条修一は、慌ただしく防災ベストを羽織った。出動は俺と斉藤に加えて、技術担当の大村係長(元・市土木課)と、調査分析員の真壁だ。


「出現場所はどこです?」


「市道3号線。中央区の商業エリアです。現場から『道路が陥没して、車が丸ごと沈んだ』って通報が来てます」


 市道3号線――週末前の金曜夕方、商業施設も近い。その時間帯の混雑具合は想像に難くない。


「ぐずぐずするな、巻き込まれた市民がいるかもしれない。緊急支援チームに連絡して、俺たちは先行する!」



 現場に着くと、地面が信じられないほど歪んでいた。


 片側二車線の道路が、中央部分を軸に巨大な“U字”状に陥没している。アスファルトが破れ、地中から突き上げたように縁石がめくれあがっている。その中央に――穴がある。


 直径およそ8メートル。黒々と、そして深い。まるで地面に空いた巨大な胃袋のようだった。


「陥没じゃないですね。これは“掘られた”痕です」


 土木出身の大村係長が言った。地盤沈下や地震のパターンではない。地中から、明確な“力”で穿たれた跡。土は押し上げられ、路面の残骸が外側に向かって吹き飛んでいる。


 ――そのとき、穴の奥から「ゴボ……ゴボゴボ……」と、泡立つような音が聞こえてきた。


「地中音、確認! くるぞ!」


 斉藤がエアキャノンを構えると同時に、地鳴りが響いた。次の瞬間、穴の中から巨大な“鼻先”がぬぅっと出てくる。いや、鼻ではない――ドリルのように鋭く、だが生物の一部であるそれは、ぶつかるたびに火花を散らしていた。


「掘削能力ありかよ……! “モグロードン”と仮称する!」


 全長15メートル、ミミズのような軟体に、前端が金属のように硬化したドリル状。体表には滑走液と思われるぬめりがあり、熱によって路面が溶かされている。


「こいつ、都市部じゃ最悪のタイプだ……!」


「地下鉄通ってますよ、この下」


 真壁の顔が青ざめる。急いで市の地下施設マップを確認すると、穴の方向は地下鉄3号線と重なっていた。


「今すぐ地下鉄止めろ! 防災無線でも流せ! 都市交通課に直通で連絡!」


 真壁が駆け出す。その間にも、モグロードンはゆっくりと、だが確実に地上に這い出ようとしていた。


「放水車が間に合わない……! 冷却なしでどうにかするしか……」


「修一さん、俺、仕掛けやります!」


 斉藤が手にしていたのは、地中対応用の“地雷型スタン弾”。道路工事現場で使う穿孔機の原理を応用し、地下に衝撃波を伝える仕組みだ。


「場所、どこに?」


「奴の進行方向。市民広場側っす!」


 大村係長が路面にマーキングスプレーで印をつけ、斉藤がリモート式の小型地雷を設置する。周囲の人員はすべて退避。


「よし、発破!」


 斉藤がボタンを押すと、バシュッという空気を抜ける音とともに地面が膨らみ――ズガン! という衝撃が地面から跳ね返ってきた。


 モグロードンの体が跳ね上がり、軟体部分が一部ちぎれる。露出した体内は白く、柔らかく、いかにも“壊れやすい”。


「今だ、急所を狙え!」


 エアキャノンが連射され、体内へとスタン弾が撃ち込まれる。モグロードンが悲鳴のような金切り声を上げてのたうつ。


 ……しかし、問題はこれで終わらない。


 「熱源、もうひとつ確認!」


 真壁がモニターを指差した。穴の奥――まだいるのか。これ、“親子”か?


「もう一体はまだ地中……しかし反応が弱い。小型かもしれません」


「なら、今のうちに穴を封鎖する!」


 市の建設課と連携し、緊急封鎖作業が始まった。冷却用のセメントと鉄板が、まるで爆破処理のごとく手早く積み上げられる。


 数十分後――。


 モグロードンの親個体は冷却後に搬送され、穴は完全に埋め立てられた。地下鉄の運行も一時止められたが、幸い人的被害はゼロ。市道3号線は復旧まで3週間を要する見込みだという。



「……ったく、金曜の夜にこれかよ」


 戻った庁舎で、ぬるくなった麦茶を飲みながらぼやく俺の隣で、斉藤が満面の笑みで言った。


「でも、誰もケガしなくてよかったですね!」


 そういうところが、まだ若いなと思う。が――確かに、それが一番だ。


 と、窓の外に目をやると、遠くで微かに、地面が揺れたような気がした。


「……まさか、まだ続きがあるとか言わないよな?」


 俺はもう一度、冷めた麦茶を口に含んだ。

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