19話 深夜2時、庁舎裏にて発光体動く
深夜2時15分。
市役所庁舎・防衛課執務室。煌々とした蛍光灯の下、俺は書類に赤ペンでハンコ漏れをチェックしていた。
「……なんで俺、金曜の夜に1人でこれやってんだろ」
市役所防衛課の係長、西条修一。
本日は“宿直担当”である。市役所の非常時対応職員の中でも、防衛課は“夜中の怪獣案件”の初動役を担うことになっている。
もちろん、そんなもの滅多に起きない。
滅多には、ね。
庁舎裏のモニターが、ピピッと音を立てた。
防犯カメラNo.4「中庭側搬入口」にて、異常検知。
「ん?」
ディスプレイを切り替えると、そこに映っていたのは――
うごめく、赤い光のようなもの。
火ではない。動いている。しかも、床を這うように。
しかも、ふとカメラの向きがズレた。まるで――覗かれたような。
「うわ……マジかよ。出やがったか」
◆
職員通用口から裏へ回る。
ライトを手にし、そっと裏口を開けると、冷たい夜気の中に、赤い光がふわりと浮かんでいた。
……いや、違う。光ではなく、“自発的に輝く何か”。
「仮称“グラファーム”。低温自光型付着体。
特性:暗所で活動、反射ではなく自発光、構造物に付着・拡散しながら移動」
冷静に呟いたが、内心はざわついていた。
この手の怪獣、昼間にはまず現れない。光に弱いか、もしくは何か“夜にしかできない目的”がある。
「……庁舎に“染み込もう”としてるな」
そう。グラファームは光る塊ではない。
建物の壁をじわじわと這いながら、“形を拡張”していく薄い膜のような存在だった。
◆
夜間、庁舎に残っているのは俺ひとり。
応援を呼ぶにしても、最低でも15分はかかる。
「なら、自分で止めるしかない」
だが問題は、攻撃手段がないこと。
通常の怪獣なら、捕獲用のネットや音波装置で対処するが――
グラファームのような“建物に密着するタイプ”には、それらは無効。むしろ庁舎を傷めるだけ。
「……逆に、建物の中から“光”を使えば、進行方向を止められるか?」
◆
作戦開始。
1階の会議室フロアに移動し、建物内部から廊下の照明とプロジェクターをフル点灯。
それを庁舎裏のガラス越しに照らし出すことで、光のバリアを即席で作る。
グラファームは光を嫌う――そう仮定して。
照明ON。
赤い粘体が、ピタリと動きを止めた。
「効いてる……よし、もっと当てろ」
廊下の蛍光灯をすべて点け、非常灯までも点検ボタンで強制点灯。
庁舎裏の窓は、まるで白昼のような輝きとなった。
その光に照らされて、グラファームの体がじわじわと後退を始める。
「……やれやれ、なんとかなるもんだな」
が――そのとき。
背後で、別のモニターがピピッと点滅した。
表示されたのは――「南側屋上出入り口カメラ」。
そこにも、もう1体のグラファームが映っていた。
「マジか。複数体……?」
夜の庁舎は、完全に狙われていた。
◆
急ぎ、防災課と庁舎警備班に連絡。
「暗所への同時発光作戦」で全体を守る必要がある。
10分後、防災課の当直2名が到着。
非常用投光器を持ち出し、グラファームの進行方向に順次配置。
その結果――
> 「グラファーム、南・東・裏手、すべて後退開始」
「光の当たっていない非常階段の壁面のみ、粘体付着あり。現在照射中」
午後3時過ぎ。すべてのグラファームは建物から離脱し、裏山方面へと移動。
活動限界(夜明け)と同時に、霧のように消えた。
◆
午前4時35分。
非常照明を切り、庁舎の灯りがふたたび眠りにつく。
防衛課の仮眠室に戻った俺は、缶コーヒーを一口飲んだ。
「……冷えすぎてるな。怪獣よりこっちの方がダメージでかい」
そのまま、朝日が差すまでの2時間を、仮眠も取らずに“警備モニターを睨み続ける”ことにした。
たとえ今夜だけでも――この市庁舎は俺が守る。




