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19話 深夜2時、庁舎裏にて発光体動く

 深夜2時15分。

 市役所庁舎・防衛課執務室。煌々とした蛍光灯の下、俺は書類に赤ペンでハンコ漏れをチェックしていた。


「……なんで俺、金曜の夜に1人でこれやってんだろ」


 市役所防衛課の係長、西条修一。

 本日は“宿直担当”である。市役所の非常時対応職員の中でも、防衛課は“夜中の怪獣案件”の初動役を担うことになっている。


 もちろん、そんなもの滅多に起きない。

 滅多には、ね。


 庁舎裏のモニターが、ピピッと音を立てた。


 防犯カメラNo.4「中庭側搬入口」にて、異常検知。


「ん?」


 ディスプレイを切り替えると、そこに映っていたのは――

 うごめく、赤い光のようなもの。


 火ではない。動いている。しかも、床を這うように。

 しかも、ふとカメラの向きがズレた。まるで――覗かれたような。


「うわ……マジかよ。出やがったか」



 職員通用口から裏へ回る。

 ライトを手にし、そっと裏口を開けると、冷たい夜気の中に、赤い光がふわりと浮かんでいた。


 ……いや、違う。光ではなく、“自発的に輝く何か”。


「仮称“グラファーム”。低温自光型付着体。

 特性:暗所で活動、反射ではなく自発光、構造物に付着・拡散しながら移動」


 冷静に呟いたが、内心はざわついていた。


 この手の怪獣、昼間にはまず現れない。光に弱いか、もしくは何か“夜にしかできない目的”がある。


「……庁舎に“染み込もう”としてるな」


 そう。グラファームは光る塊ではない。

 建物の壁をじわじわと這いながら、“形を拡張”していく薄い膜のような存在だった。



 夜間、庁舎に残っているのは俺ひとり。

 応援を呼ぶにしても、最低でも15分はかかる。


「なら、自分で止めるしかない」


 だが問題は、攻撃手段がないこと。


 通常の怪獣なら、捕獲用のネットや音波装置で対処するが――

 グラファームのような“建物に密着するタイプ”には、それらは無効。むしろ庁舎を傷めるだけ。


「……逆に、建物の中から“光”を使えば、進行方向を止められるか?」



 作戦開始。


 1階の会議室フロアに移動し、建物内部から廊下の照明とプロジェクターをフル点灯。

 それを庁舎裏のガラス越しに照らし出すことで、光のバリアを即席で作る。


 グラファームは光を嫌う――そう仮定して。


 照明ON。

 赤い粘体が、ピタリと動きを止めた。


「効いてる……よし、もっと当てろ」


 廊下の蛍光灯をすべて点け、非常灯までも点検ボタンで強制点灯。

 庁舎裏の窓は、まるで白昼のような輝きとなった。


 その光に照らされて、グラファームの体がじわじわと後退を始める。


「……やれやれ、なんとかなるもんだな」


 が――そのとき。


 背後で、別のモニターがピピッと点滅した。


 表示されたのは――「南側屋上出入り口カメラ」。

 そこにも、もう1体のグラファームが映っていた。


「マジか。複数体……?」


 夜の庁舎は、完全に狙われていた。



 急ぎ、防災課と庁舎警備班に連絡。

 「暗所への同時発光作戦」で全体を守る必要がある。


 10分後、防災課の当直2名が到着。

 非常用投光器を持ち出し、グラファームの進行方向に順次配置。


 その結果――


> 「グラファーム、南・東・裏手、すべて後退開始」

「光の当たっていない非常階段の壁面のみ、粘体付着あり。現在照射中」




 午後3時過ぎ。すべてのグラファームは建物から離脱し、裏山方面へと移動。

 活動限界(夜明け)と同時に、霧のように消えた。



 午前4時35分。

 非常照明を切り、庁舎の灯りがふたたび眠りにつく。


 防衛課の仮眠室に戻った俺は、缶コーヒーを一口飲んだ。


「……冷えすぎてるな。怪獣よりこっちの方がダメージでかい」


 そのまま、朝日が差すまでの2時間を、仮眠も取らずに“警備モニターを睨み続ける”ことにした。


 たとえ今夜だけでも――この市庁舎は俺が守る。

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