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18話 地下街、ぬめる影

 金曜日の午後4時過ぎ。

 そろそろ週末ムードが庁内に漂い始めたころ、俺たち防衛課のデスクに、一本の内線が入った。


「市営地下街で、床から“何かが”出てきて動いているという通報がありました。現場は青柳ステップモールです」


 青柳ステップモール――

 駅直結の市営地下商業施設で、ファッション・飲食・バラエティ雑貨などが軒を連ねる、ちょっと昔懐かしい地下街だ。


「“何か”ってのは怪獣か?」


「通報したのはクリーニング店の従業員。“排水溝から人の顔みたいなものが這い出してきた”そうです」


「排水口から顔が……」


「で、“床を這いながら”消えていったと」


「……よし、出動だ」



 市営地下街は午後5時を過ぎると人通りが一気に増える。

 その時間帯に現場を封鎖するには、交通課や施設課との連携が必須だ。


「出入り口は4つ。まず防火扉を閉じてから、“エスカレーター停止、音楽カット、非常灯点灯”を段階的に実施。パニックは最小限に」


「案内放送は“管路点検”で通します。買い物客の避難誘導も同時進行で」


 そして現場に到着すると、確かにそれはいた。

 光を鈍く反射する、半透明の“ゼリー状物体”。

 床のタイルと同化するように張り付きながら、ゆっくりと、ぬめるように動いていた。


「仮称“フロアグレイズ”。床面貼付型移動体。

 特性:粘膜構造による拡散、人体接触に対して無反応、ただし“湿気と排水管を好む”」


「何に見えるかって言われたら、“生きた床ワックス”だな……」


「見た目が地味なだけに、発見が遅れてた可能性があります」



 危険性は高くない。

 だが、放置しておくと店の床を覆い、配線や配管へ浸透して長期的被害をもたらす。


 問題は、その移動ルート。

 地下施設に張り巡らされた排水管を通じて、他のビルにも侵入可能性があるというのだ。


「時間をかければ広がる。今ここで止めないと、来週には“市庁舎のトイレ床に顔”が出るぞ」


「やだなそれ……全力で阻止しましょう」



 対処法は、“床にくっついていること”を逆手に取ることだった。


「フロアヒーター使えるか? このモール、旧式だけど床暖房ユニットが入ってたはずだ」


「動かせます。建築課が手動で局所加熱できます」


「なら、逃げ道を“熱く”してやれば、奴は冷たい方向に進む。

 冷気誘導で、“排気通風口”まで誘導し、吸引で回収する」


 作戦名:“ひやり床作戦”。


 施設課・建築課と連携し、フロアヒーターを逆操作。

 “熱くなる床”と“冷たい通風口”の温度差で、怪獣をじわじわと誘導する作戦だ。



 午後6時30分。誘導開始。


 フロアの一部がぬるりと波打ち、“それ”が反応を示す。

 じわじわと、通気口のある店の奥へ移動を始めた。


「……ゆっくりだな」


「でも確実に進んでます。今、3メートル先」


 15分後、フロアグレイズは通気口の直前に到達。

 通風機が最大出力で作動すると、ぬめった質量が少しずつ吸引され――


 ズズズ……シュゥ……

 まるで水滴が排水口へ吸い込まれるように、怪獣は静かに姿を消した。



 その後、通気ダクト内に設置された捕獲装置で“ゼリー状構造体”が完全回収された。

 サンプルは生物学研究室へ送られ、建築課は地下街排水システムの全面点検を決定。


 帰り道、斉藤がつぶやいた。


「ワックスに見えるけど……中に“脳っぽい構造”があったそうです」


「考えてたってことか?」


「たぶん、ずっと“ここにいていいのか”とか、“どうやって出ようか”とか、そんなことを」


「……いや、出てきた時点でアウトなんだよな、それ」



 午後8時。

 地下街は臨時休業のまま、その日を終えた。

 俺たちは庁舎に戻って、書類を片付け、誰もいない事務所で缶コーヒーを開けた。


「湿気と暗がりに集まる奴がいる限り、都市に安心なんてないな」


「防衛課の安心も、缶コーヒーが冷えてることぐらいですね」


「……今日はホット買って帰るか」

拙作について小説執筆自体が初心者なため、もしよろしければ感想などをいただけると幸いです。

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