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17話 電波塔にて、よじ登るものあり

 木曜午前10時。

 市内のシンボルでもある「青柳テレビ塔」で異常が確認された。


> 「塔の展望台、外側に何か……“生き物”らしきものが、張り付いている」

「モニターの電波に乱れあり。中波帯とFM帯が不安定です」

「職員が上階へ近づけないとのこと。現在、展望施設は閉鎖中です」




 報告を聞いた俺――西条修一(市役所防衛課係長)は、すでに自席を離れ、ジャケットの袖を通していた。


「今度は……塔に登るやつか」


「市の施設じゃないですけど、通報はうちに来ました。理由は“怪獣っぽいから”だそうです」


「……怪獣っぽい、って便利な言葉になったな」



 青柳テレビ塔は、市の中心部にそびえる高さ165メートルの電波塔。

 市営放送の中継施設であり、展望室とカフェも併設されている。


 現場に到着すると、塔の中段――ちょうど展望デッキの外周部分に、“何か”がうねるように張り付いていた。


「……イカ?」


「いや、足の本数、9本あります。あと、吸盤じゃなくて……“アンテナ”です」


「おい、真壁。イカにアンテナなんてついてたか?」


「ついてません。でも、つけてきたんでしょうね。こいつなりに」



 仮称“ノイズナメル”。

 特性:高所依存型構造寄生獣。高周波帯域の近くに身を寄せ、電波を“味わう”ような行動を示す。


「こいつ……電波を“摂取”してる?」


「可能性は高いです。塔の発信するFM波、特定の局だけを狙って“吸ってる”ような動きです」


「趣味かよ」


 ノイズナメルは、うねうねと塔の金属部分に張り付き、柔らかい体を使って展望ガラスを曇らせるように這い回っていた。

 現在のところ、直接的な攻撃性はないが、問題はふたつ。


1. 塔の構造材に重心負荷をかけている(落下リスク)



2. FMと気象情報の一部に断続的なノイズ障害を引き起こしている




 しかも、塔から降ろす手段がない。


「ロープで引き剥がすのは?」


「粘着質が強すぎて無理です。あと、振動を加えると反射的に“アンテナの向きを変えて攻撃”してくる可能性が」


「どういう攻撃だよ」


「……音波です。職員のひとり、耳鳴りで救急搬送されています」


「厄介な“静かに迷惑なやつ”だな」



 対処案は、“塔そのものを使って奴を遠ざける”。

 具体的には――“塔を一時的に無電波状態にする”ことで、ノイズナメルが「飯がない」と判断し、自ら離れることを狙う。


「市放送局の協力で、全波一時停止。電波塔としての機能を“落とす”。

 その間、風上方向に“誘導用仮送信車”を設置。そこに“餌”を移す」


「つまり……“仮設のラジオ塔”をエサにして、怪獣を誘き出すってことですね」


「そういうことだ。番組内容は“選曲済み”だ。ジャズだ」


「ジャズでいいんですか?」


「本塔で流してた局の主力がジャズだった。偏ってるんだ、あいつ」



 午後2時、計画実行。

 塔の電波停止後、ノイズナメルはしばらく動きを止めたが――5分後、身体を震わせながら、ふよふよと浮き上がった。


「浮いた……!」


 高度を保ったまま、ゆっくりと仮設送信車のアンテナへと接近していく。

 やがて――


「着地確認! 仮設アンテナ、完全に取り込まれました!」


 その瞬間、塔の展望デッキにかかっていた霧のような粘着膜がすべて剥がれ、ガラスが透き通る。


「よし、塔の構造負荷、ゼロに復帰。通常送信へ移行!」


「移動完了です。ノイズナメル、いま山林方面にゆっくり浮遊中」


 そしてそのまま、仮設車両の周辺を漂ったのち、山の稜線の向こうへと姿を消した。


「……結局、“好きな音楽の発信元”にくっついてただけか」


「こいつ、悪気なかったんじゃないですか?」


「悪気がなくても、塔が倒れたら誰か死ぬ。それが“行政対応”ってやつだ」



 夕方。

 青柳テレビ塔は通常業務に復帰。放送も安定。


 俺たちは車両に戻る途中、ふと聞こえてきたラジオに耳を傾けた。


> 「次は青柳ジャズクラブからのリクエスト。“Skyliner”――空の旅のおともにどうぞ」




 その瞬間、遠くの空に、白く光るなにかがふわりと浮かんだように見えたのは、たぶん、気のせいだった。

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