17話 電波塔にて、よじ登るものあり
木曜午前10時。
市内のシンボルでもある「青柳テレビ塔」で異常が確認された。
> 「塔の展望台、外側に何か……“生き物”らしきものが、張り付いている」
「モニターの電波に乱れあり。中波帯とFM帯が不安定です」
「職員が上階へ近づけないとのこと。現在、展望施設は閉鎖中です」
報告を聞いた俺――西条修一(市役所防衛課係長)は、すでに自席を離れ、ジャケットの袖を通していた。
「今度は……塔に登るやつか」
「市の施設じゃないですけど、通報はうちに来ました。理由は“怪獣っぽいから”だそうです」
「……怪獣っぽい、って便利な言葉になったな」
◆
青柳テレビ塔は、市の中心部にそびえる高さ165メートルの電波塔。
市営放送の中継施設であり、展望室とカフェも併設されている。
現場に到着すると、塔の中段――ちょうど展望デッキの外周部分に、“何か”がうねるように張り付いていた。
「……イカ?」
「いや、足の本数、9本あります。あと、吸盤じゃなくて……“アンテナ”です」
「おい、真壁。イカにアンテナなんてついてたか?」
「ついてません。でも、つけてきたんでしょうね。こいつなりに」
◆
仮称“ノイズナメル”。
特性:高所依存型構造寄生獣。高周波帯域の近くに身を寄せ、電波を“味わう”ような行動を示す。
「こいつ……電波を“摂取”してる?」
「可能性は高いです。塔の発信するFM波、特定の局だけを狙って“吸ってる”ような動きです」
「趣味かよ」
ノイズナメルは、うねうねと塔の金属部分に張り付き、柔らかい体を使って展望ガラスを曇らせるように這い回っていた。
現在のところ、直接的な攻撃性はないが、問題はふたつ。
1. 塔の構造材に重心負荷をかけている(落下リスク)
2. FMと気象情報の一部に断続的なノイズ障害を引き起こしている
しかも、塔から降ろす手段がない。
「ロープで引き剥がすのは?」
「粘着質が強すぎて無理です。あと、振動を加えると反射的に“アンテナの向きを変えて攻撃”してくる可能性が」
「どういう攻撃だよ」
「……音波です。職員のひとり、耳鳴りで救急搬送されています」
「厄介な“静かに迷惑なやつ”だな」
◆
対処案は、“塔そのものを使って奴を遠ざける”。
具体的には――“塔を一時的に無電波状態にする”ことで、ノイズナメルが「飯がない」と判断し、自ら離れることを狙う。
「市放送局の協力で、全波一時停止。電波塔としての機能を“落とす”。
その間、風上方向に“誘導用仮送信車”を設置。そこに“餌”を移す」
「つまり……“仮設のラジオ塔”をエサにして、怪獣を誘き出すってことですね」
「そういうことだ。番組内容は“選曲済み”だ。ジャズだ」
「ジャズでいいんですか?」
「本塔で流してた局の主力がジャズだった。偏ってるんだ、あいつ」
◆
午後2時、計画実行。
塔の電波停止後、ノイズナメルはしばらく動きを止めたが――5分後、身体を震わせながら、ふよふよと浮き上がった。
「浮いた……!」
高度を保ったまま、ゆっくりと仮設送信車のアンテナへと接近していく。
やがて――
「着地確認! 仮設アンテナ、完全に取り込まれました!」
その瞬間、塔の展望デッキにかかっていた霧のような粘着膜がすべて剥がれ、ガラスが透き通る。
「よし、塔の構造負荷、ゼロに復帰。通常送信へ移行!」
「移動完了です。ノイズナメル、いま山林方面にゆっくり浮遊中」
そしてそのまま、仮設車両の周辺を漂ったのち、山の稜線の向こうへと姿を消した。
「……結局、“好きな音楽の発信元”にくっついてただけか」
「こいつ、悪気なかったんじゃないですか?」
「悪気がなくても、塔が倒れたら誰か死ぬ。それが“行政対応”ってやつだ」
◆
夕方。
青柳テレビ塔は通常業務に復帰。放送も安定。
俺たちは車両に戻る途中、ふと聞こえてきたラジオに耳を傾けた。
> 「次は青柳ジャズクラブからのリクエスト。“Skyliner”――空の旅のおともにどうぞ」
その瞬間、遠くの空に、白く光るなにかがふわりと浮かんだように見えたのは、たぶん、気のせいだった。




