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16話 線路にて、進行方向に異物あり

 午前7時42分――青柳市内を走る私鉄・青柳都市鉄道の指令室が、緊急停止信号を受信した。


「第3区間、下り列車が緊急ブレーキ作動。現場から“線路上に巨大な塊”との通報あり」

「乗客に怪我はなし。列車停止中。付近の踏切カメラに異常が映っています」


 この報せを市役所が受けたのは、同日午前8時2分。

 俺たち防衛課は、通勤途中のコーヒーを放り出し、車に飛び乗った。


「線路に怪獣って……想像するだけでめんどくさいな」


「ていうか今、通勤ラッシュですからね……被害、どんどん拡がりますよ」


「最悪の時間帯だな。全力で行くぞ」



 現場は、青柳市南部の高架区間。

 住宅街と市民公園の間を走る片側一車線の区間で、視界の良い直線区間だった。


 停止していた列車の先頭車両――その真正面に、いた。


「……なんだ、あれ。コンクリート……?」


「違います、西条さん。あれ、生きてます。動いてますよ」


 線路の上に乗っていたのは、巨大な“背中”のようなものだった。

 グレーの装甲に似た硬い皮膚。全長およそ11メートル。線路と完全にかみ合うような“くぼみ”を持った脚部。


「仮称“レールワーム”。軌道走行型構造獣。

 特性:線路に沿って移動、列車を敵対対象と認識。走行音に反応し、進路上の車両に体当たりを繰り返す」


「要するに、“線路を縄張りだと思ってる”ってことか」


「本来、線路沿いの排水溝で地中生活してた個体が、昨晩の振動で地上に出たのかもしれません」


「都市部の線路沿い、地中にこんなもんが眠ってたって……どんなホラーだよ」



 すでに上下線とも運行は停止中。踏切・信号は封鎖済み。

 問題は、**“まだ何両か列車が動いてきている”**という点だった。


「西条さん、30分後に反対側から回送列車が入ります。緊急停止信号は送ってますが、ギリギリかもしれません」


「となれば、それまでにこいつを“どける”。倒すんじゃない。線路から、離す」


 しかし、レールワームは硬い。通常の重機では動かせない。

 さらに、振動や金属音に対して“突進”する習性を持っている。


「動力車で牽引するのは?」


「無理です。近づく車体に対しては激しく体当たりします。さっきの先頭車両も、運転席が軽くめり込んでました」


「……となると、奴の“好む音”を別方向に流すしかないな」



 作戦はこうだ。

 1)市の建設機械庫に保管されていた鉄製の試験車輪を使用。

 2)これを線路上に設置、回転機構を使って“列車に似た騒音”を人工的に鳴らす。

 3)その音を、徐々に北方向へ移動させることで、レールワームを線路の外へ誘導する。


「罠みたいなもんだな。音を追わせて、線路から離れさせる」


「一か八かです。成功してくれよ……」



 試験車輪が回る。

 ガタン、ガタン、ガタン……と、あまりにもそれっぽい列車音が響く。


 レールワームは、ぴたりと動きを止め、頭部を向けた。

 そして――次の瞬間、全長11メートルの塊が、爆音とともに音源へ突進。


「動いた! 北へ向かってます!」


「よし、そのまま“鳴らしながら”斜面へ追い込め!」


 誘導音源は、線路脇の緩やかな法面のりめんに配置してあった。

 ガタン、ガタン……ガタン……と、音を繰り返しながら徐々に地面へ誘導。


 そして、レールワームはついに線路を外れ、

 ゆっくりと、コンクリート護岸の地中へと、ずぶずぶと沈んでいった。


「……まるで、“帰った”ようだったな」


「いや帰るなら最初から出てくるなよって話ですけどね」



 地中の軌道が封鎖され、振動誘導用の鉄板が設置された。

 市は翌日からの運行再開を発表。周辺住民への騒音説明会もセットで開催が決まった。


「市民は“何が起きてたのか”全然知らないわけですけど、報道規制は?」


「“地中から出てきた異常個体”ってことで、構造物変形事故扱いになりました。生物とは報告しません」


「……まあ、見た目が“土の塊”だったしな」


 けれど俺は思った。


 あれはただの異常個体じゃない。

 俺たちの都市のすぐ足元に、“列車を縄張りだと考える何か”が眠っているという事実。


 今朝の出勤ラッシュの乗客たちには、永遠に知られない――それで、いいのかもしれない。



拙作について小説執筆自体が初心者なため、もしよろしければ感想などをいただけると幸いです。

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