15話 飛んでるのに迷惑、ってどういうことだ
それは、午前11時25分――市民からの通報が、同時に8件入った。
「空に……なんか羽ばたいてるやつが!」
「うちの洗濯物、3枚持ってかれました!」
「カラスよりデカい! てか、羽じゃなくて……あれ、帆?」
市庁舎の窓から空を見上げると、たしかにいた。
真っ白な影が、ゆったりと空を滑っていく。
「風船か?」
「違いますね、西条さん。あれ……生きてます。羽、動いてます」
俺、西条修一・市役所防衛課の係長は、ため息まじりに空を睨んだ。
「どうして空ってのは、いつも平穏とは限らないんだろうな」
◆
青柳市上空、高度約200メートル。
そこを旋回していたのは、幅12メートルほどの白い飛行体――鳥のようで鳥でない、布のようで布でない。
薄い繊維状の“帆”を複数持ち、風を掴んで舞うその姿は、まるで空に浮かぶカーテンの亡霊。
「仮称“ソライロ”。浮遊型軽量構造怪獣。
特性:風を利用した滑空、静音性、軽微な電磁干渉あり」
「電磁……じゃあ、電波障害出る?」
「一部地域でテレビ・Wi-Fi不通。あと……洗濯物が風ごと持ってかれてます」
「市民にとっては、ある意味そっちの方が大事件だな」
◆
ソライロは、危害を加えるわけではない。
ただ、上空をふわふわと漂い、建物の屋根すれすれを滑るたびに、風を巻き起こす。
それが洗濯物を飛ばし、カラスを驚かせ、時にはカーナビの信号も乱した。
「問題は、落ちてくる可能性ですね。あのサイズで落下したら、民家の屋根は一撃です」
「落とさず、でも“どこか”に追い払う。風に乗ってるなら……“風ごと誘導”だな」
俺たちは、防災対策本部と気象班を交えて作戦を立案した。
◆
作戦名:“フローカイト作戦”。
市の大型送風設備3基を使い、風の道を作ってソライロを山間部へ誘導する。
「住宅街上空は封鎖、ドローンで上空から“空気の壁”を形成。
ソライロを風で押しながら、緩やかに北部の“青柳風力試験区”へ導きます」
「送風開始時に、タイミングずらしたら暴走します。風向き制御、慎重に」
「了解。いちばんの敵は……変な突風だな」
◆
午後1時、送風開始。
青柳市北部から南部へ向けて、人工的な風の“レール”が作られる。
ソライロは――すぐに動いた。
ふわりと体を傾け、風を読み、ひと息に滑空を開始。
その挙動は、もはや美しさすら感じさせる。
「……いい動きだな。ちょっと見とれるぞ」
「見とれたらダメです西条さん。次の建物、屋根低いです!」
「調整班、風量を2段階下げろ! 速度を合わせろ!」
ソライロは、そのまま北の山林へ吸い込まれるように飛び去り――風力実験場に設置された“風捕獲ネット”に、静かに絡まり、活動を停止した。
◆
回収されたソライロは、繊維状の柔軟な膜でできており、体内に“気圧調整用の空洞”をいくつも持っていた。
軽量かつ風圧変化に敏感なその構造は、“紙飛行機を進化させたら生き物になった”ような印象を受ける。
「都市部を風に乗って移動してただけ。ほんとに悪意ゼロだったんですね」
「……でも、洗濯物は返してくれなかった」
「うちの母が怒ってました。“バスタオルどこやった!”って」
「母は強いな」
◆
夕方、風が落ち着いた空を見上げながら、俺は言った。
「空に浮かぶ怪獣も、地面を這うのと同じで、“管理対象”には違いない」
「でもちょっとだけ、自由そうでしたね。あいつ」
「……自由ってのはな、“誰にも怒られないこと”じゃない。“誰かに怒られないように気をつけること”だよ」
その言葉に、斉藤はなんとなく頷いた。
明日もたぶん、どこかで何かが風に乗る。
その風の行方を、俺たちは見ていなきゃならない。
拙作について小説執筆自体が初心者なため、もしよろしければ感想などをいただけると幸いです。




