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15話 飛んでるのに迷惑、ってどういうことだ

 それは、午前11時25分――市民からの通報が、同時に8件入った。


「空に……なんか羽ばたいてるやつが!」

「うちの洗濯物、3枚持ってかれました!」

「カラスよりデカい! てか、羽じゃなくて……あれ、帆?」


 市庁舎の窓から空を見上げると、たしかにいた。

 真っ白な影が、ゆったりと空を滑っていく。


「風船か?」


「違いますね、西条さん。あれ……生きてます。羽、動いてます」


 俺、西条修一・市役所防衛課の係長は、ため息まじりに空を睨んだ。


「どうして空ってのは、いつも平穏とは限らないんだろうな」



 青柳市上空、高度約200メートル。

 そこを旋回していたのは、幅12メートルほどの白い飛行体――鳥のようで鳥でない、布のようで布でない。


 薄い繊維状の“帆”を複数持ち、風を掴んで舞うその姿は、まるで空に浮かぶカーテンの亡霊。


「仮称“ソライロ”。浮遊型軽量構造怪獣。

 特性:風を利用した滑空、静音性、軽微な電磁干渉あり」


「電磁……じゃあ、電波障害出る?」


「一部地域でテレビ・Wi-Fi不通。あと……洗濯物が風ごと持ってかれてます」


「市民にとっては、ある意味そっちの方が大事件だな」



 ソライロは、危害を加えるわけではない。

 ただ、上空をふわふわと漂い、建物の屋根すれすれを滑るたびに、風を巻き起こす。


 それが洗濯物を飛ばし、カラスを驚かせ、時にはカーナビの信号も乱した。


「問題は、落ちてくる可能性ですね。あのサイズで落下したら、民家の屋根は一撃です」


「落とさず、でも“どこか”に追い払う。風に乗ってるなら……“風ごと誘導”だな」


 俺たちは、防災対策本部と気象班を交えて作戦を立案した。



 作戦名:“フローカイト作戦”。

 市の大型送風設備3基を使い、風の道を作ってソライロを山間部へ誘導する。


「住宅街上空は封鎖、ドローンで上空から“空気の壁”を形成。

 ソライロを風で押しながら、緩やかに北部の“青柳風力試験区”へ導きます」


「送風開始時に、タイミングずらしたら暴走します。風向き制御、慎重に」


「了解。いちばんの敵は……変な突風だな」



 午後1時、送風開始。

 青柳市北部から南部へ向けて、人工的な風の“レール”が作られる。


 ソライロは――すぐに動いた。


 ふわりと体を傾け、風を読み、ひと息に滑空を開始。

 その挙動は、もはや美しさすら感じさせる。


「……いい動きだな。ちょっと見とれるぞ」


「見とれたらダメです西条さん。次の建物、屋根低いです!」


「調整班、風量を2段階下げろ! 速度を合わせろ!」


 ソライロは、そのまま北の山林へ吸い込まれるように飛び去り――風力実験場に設置された“風捕獲ネット”に、静かに絡まり、活動を停止した。



 回収されたソライロは、繊維状の柔軟な膜でできており、体内に“気圧調整用の空洞”をいくつも持っていた。

 軽量かつ風圧変化に敏感なその構造は、“紙飛行機を進化させたら生き物になった”ような印象を受ける。


「都市部を風に乗って移動してただけ。ほんとに悪意ゼロだったんですね」


「……でも、洗濯物は返してくれなかった」


「うちの母が怒ってました。“バスタオルどこやった!”って」


「母は強いな」



 夕方、風が落ち着いた空を見上げながら、俺は言った。


「空に浮かぶ怪獣も、地面を這うのと同じで、“管理対象”には違いない」


「でもちょっとだけ、自由そうでしたね。あいつ」


「……自由ってのはな、“誰にも怒られないこと”じゃない。“誰かに怒られないように気をつけること”だよ」


 その言葉に、斉藤はなんとなく頷いた。


 明日もたぶん、どこかで何かが風に乗る。

 その風の行方を、俺たちは見ていなきゃならない。



拙作について小説執筆自体が初心者なため、もしよろしければ感想などをいただけると幸いです。

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