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14話 生垣にまぎれた顔

 金曜の午後。

 週末直前ということもあり、防衛課の空気はどこか緩んでいた。


「今週、怪獣ゼロですよ、西条さん。何かの間違いかもしれませんけど」


 机に向かっていた俺――防衛課の係長・西条修一は、斉藤の声に肩をすくめた。


「そりゃあ平和で結構。予算も浮くし、報告書も書かなくて済む」


 そう言って、缶コーヒーを開けた直後だった。

 内線が鳴る。市民生活課からだった。


「すみません、住宅街で“生垣に顔が生えている”という通報が複数……ええ、はい、“生えている”です……」


「……どゆこと?」



 現場は、青柳市・第三住宅団地。

 よく整備された一軒家の並ぶ区域で、個人宅の生垣にまつわる苦情が立て続けに届いていた。


「通学中、植え込みの中から見られてる感じがして振り向いたら“目”がありました」

「昨日まではなかった顔が、今朝には“枝の間”にくっきり……気持ち悪くて剪定できません!」


「目撃数、午前中だけで11件。発生範囲は半径300メートル以内に集中。植栽の種類はバラバラ。共通点は、“剪定されていない生垣”」


 斉藤が平板に読み上げるなか、俺たちは防災車両に飛び乗った。


「つまり、“放置された生垣に怪獣的な顔が発生している”と?」


「はい。しかも、だんだん“無言で開いた口”も出てきたらしいです」


「めっちゃ嫌なやつじゃねぇか、それ……」



 現場に到着。

 住宅街の一角、確かにあった。


 葉の間から覗く、人間の顔サイズの“目”。

 しかも造形が妙にリアル。まばたきすらある。

 さらに、別の家の垣根には――明らかに“あくびをしているような口”。


「仮称“シゲモリ”。半定着型植物依存体。

 特性:生垣に擬態し、剪定されていない植物に宿る。観察・模倣行動あり」


 真壁がドローンと静音センサーで測定していた。

 どうやら“人間の顔を模倣して出現し、通行人の反応を記録している”らしい。


「じゃあこいつ、なんで剪定されてない生垣ばっか選んでんだ?」


「伸び放題で、密度が高く、外界の音と熱を遮断できるからでしょう。ある意味、怪獣にとって理想の“巣”です」


「どれくらい範囲広がってんだ?」


「……まだ進行中です。1時間で新たに3軒増えました」


「ほっといたら住宅地全体が“見られてる町”になるってわけか……!」



 対処法は――「剪定」だった。

 シゲモリは“生垣そのものを媒体として存在している”。

 つまり、根本的な解決は「物理的に生垣を刈り込む」こと。


「市の緑化班に連絡、剪定部隊を出動させろ。範囲内の住民にも剪定協力を呼びかける。

 一斉に“刈り込み”をやれば、一時的にでも根絶できるはずだ」


「了解!」


 芝刈り機と電動トリマーがうなる。

 住宅街に並ぶ庭先で、職員や住民が協力して作業を始めた。


 そして――


「……いた! 顔、浮き上がってきてます!」


 剪定された枝のなかから、ぐにゃりと“顔”が飛び出した。

 葉の集合体が剥がれ、地面に落ちてびちゃりと溶けるように消えた。


「うげっ……」


「見た目はグロいが、手応えはある。続けろ!」



 1時間後。生垣に発生していた“顔”のすべてが消えた。

 剪定が行き届いた区域には、新たな出現は見られない。


 ただ――


「最後に確認された顔、ちょっとだけ“笑ってた”らしいです」


「……剪定されたのが嬉しかったのか、残念だったのか、どっちだろうな」


「表情読み取るツールはないんですか?」


「あるわけねぇだろ、葉っぱ相手に」



 午後、俺たちは帰庁し、報告書の作成に入った。

 緑化課は「剪定の重要性が市民に伝わった」と満足げ。

 一方、防衛課の見解は――


「“顔を持った植栽怪獣”が剪定によって駆除された例」


 まさか、そんなことを書く日が来るとは思わなかった。


 最後にひとつ、気がかりだったのは――


 住宅地の北端にある、とある空き家。

 門の前にある放置された植え込みが、まだ剪定されていなかった。


 ……その影で、誰かが“こっちを見ていた”ような気がした。



拙作について小説執筆自体が初心者なため、もしよろしければ感想などをいただけると幸いです。

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