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13話 噴水の主、はじめての外出

 青柳市中央公園には、半世紀の歴史を誇る大きな噴水広場がある。

 夏には子どもたちが水遊びをし、冬にはライトアップイベントの中心にもなる、地元市民にとって憩いの象徴だ。


 そんな噴水の水が、勝手に歩き出したと連絡が入ったのは、火曜の午前9時だった。


「噴水が……出たまま動いてます!」

「水の柱が立ち上がって、そのまま地面を滑るように……!」


 斉藤が受けた通報を要約すると、“歩く水柱”が市内をうろついているということになる。


「なんだそりゃ。水道局のPRロボットか?」


「いえ、水道局も否定済みです。あと、近くのコンビニの監視映像がこれです」


 映像には、まさに“二本足で歩くように地面を蹴りながら進む水の塊”が映っていた。

 高さおよそ2メートル、光を反射してキラキラしているが、見ていて妙に落ち着かない。


「……怪獣、確定だな」



 現場に着くと、すでに市民のスマホ撮影が始まりかけていた。


「動画撮るの禁止! SNSも禁止! あれ、普通じゃないから!」


 交通課・広報班が必死に声を張り上げる中、防衛課チームは噴水広場の東端、木立の影にうずくまるように佇む“それ”を確認した。


 全体は透明で、かすかに青みがかっている。水でできた人型、というよりは、“水のかたまりが歩いている”に近い。


「仮称“アクワリオ”。構成:高密度液状構造体。動力源不明、動作は緩慢」


「広場から滑って歩いて来て……今は休憩中、って感じですね」


「なんで歩いたんだ?」


「……そもそも、なんで噴水に住んでたんでしょうね?」


 真壁の分析によると、アクワリオは公園の噴水槽の底に、十数年間にわたり“沈殿していた”可能性があるという。


 人間に無害で、ただ存在していた。

 しかし、最近になって――なぜか**“外に出てみた”**。


「もし好奇心で出てきただけなら、いまはまだ危険性は低い。問題は……どこへ行くつもりかだ」


「このまま住宅街へ入ったら? 子どもが触ったら?」


「……止めるしかないな」



 だが、水でできた相手には、実弾もスタン弾も通じない。

 蒸発させるには火力が足りないし、冷却も効かない。むしろ氷結すると破裂して危ない。


「じゃあ……どうやって?」


「“水に戻した”らどうだ? “噴水の水そのものに”」


 つまり、「外に出たアクワリオを“本来の場に戻す”」ことを目標にする。

 誘導作戦を決定。使うのは――水の音と、水のにおいだ。


「音響班、人工の噴水音出せるか?」


「できます! 市役所の環境音素材から抽出できます」


「においは……ミネラル水と塩素水を混ぜた“プールっぽい”香りでいこう」



 スピーカーと香料発生装置を備えた移動車両を、噴水広場へ向けてゆっくり走らせる。

 アクワリオは……気づいた。


 ぴたりと動きを止め、そして、ゆっくりと追いかけ始める。

 その様子は、まるで散歩中の子犬のように……可愛くも、ちょっと不気味だった。


「来てる……今、噴水の正面……!」


「一気に水位上げろ! 槽の中央に水流を集中!」


 噴水の水が高く吹き上がり、その中心にアクワリオが吸い込まれるように進んでいく――


 そして、音もなく、するりと溶けるように、槽の中へ沈んだ。


「……戻った?」


「熱源ゼロ、動作反応なし。構造分解も見られず。……おそらく、再吸収されました」



 アクワリオは、それきり出てこなかった。

 噴水は定期点検という名目で数日間封鎖され、その間に槽の底は特別コーティングされた。


「なんだったんですかね、あれ」


「……たぶん、“歩いてみたかった”だけだ」


「なんかこう……ちょっとだけ親近感ありますね」


 俺と斉藤は、遠くから静かに噴水を見ていた。

 噴水の水は、きらきらと光っている。

 何もなかったように、優しく、涼しげに。


 だが――俺は見た。


 その水の中に、ほんの一瞬だけ、“人の形”のようなものが浮かんだ気がしたのだ。


「……また、外出したくなったら、どうする?」


「……その時は、“誘導ルート”をちゃんと整備してやろう」


 アクワリオは、人に迷惑をかけたわけじゃない。ただ、ちょっと見てみたかっただけかもしれない。


 けれど、怪獣は怪獣だ。

 油断すれば、事故になる。


 俺たちはそれを忘れないように、今日もまた、報告書を書く。



拙作について小説執筆自体が初心者なため、もしよろしければ感想などをいただけると幸いです。

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