12話 図書館に潜むページめくりの主
青柳市立中央図書館――それは市民の知的活動の拠点であり、週末には子どもたちの読み聞かせ会や、地域の学生による自習など、穏やかで知的な空間だ。
……だった。
「えっと……“本が勝手にページをめくる”って通報が5件目ですね」
「……風じゃないのか?」
「館内、無風状態で、しかも“手を触れたわけでもないのに、パラパラパラッと全部めくられて最後のページまで行く”って」
月曜午前、俺――西条修一(市役所防衛課・現場統括係長)は、図書館から届いた苦情と怪現象報告の束に目を通していた。
最初はオカルト案件かと疑った。が、監視カメラの映像で、誰も触れていない本のページが、一気に最後までめくられていく様子がはっきり記録されていた。
「……怪獣、かもしれんな」
「図書館のど真ん中に?」
「前例あるだろ。住宅街にキノコが歩いて来たんだぞ」
◆
現地はすでに閉館措置が取られていた。
午前10時、防衛課チームは図書館に到着。閲覧室に入った瞬間、空気の流れが異様に“薄い”と感じた。
「乾燥してる……いや、違う。紙が湿気てるはずなのに、まったく湿ってない」
「静電気濃度が高いですね。通常より3倍。紙が張り付かない程度に“浮いている”状態です」
真壁が小型測定器をかざしながら言う。
「怪獣、いるぞ。……どこに?」
「書架と書架の間、児童書コーナーです」
通路の奥。天井近くの監視カメラに、妙な“影”が映っていた。
◆
それは、ひとことで言えば“羽虫のようなもの”だった。
全長1.2メートル。薄い透明な翅を4枚持ち、頭部は小さく、代わりに口のような器官が異様に大きい。
そして――それが空中にとどまったまま、本棚から本棚へふわりと移動するたび、近くの本のページがパラパラパラ……とめくられていくのだった。
「仮称“リフレイ”。空中静電浮遊型。特性:紙媒体への異常反応、情報探索性あり」
「こいつ……本の中身を“読んで”る?」
「可能性はある。電子書籍や雑誌は反応なし。“物理的なページをめくること”に固執しているようです」
「目的は……何だ?」
「不明。ただし、一定時間ごとに“最初から読み返す”傾向がある」
しかも厄介なことに、リフレイは飛行能力を持ち、音にも気流にも敏感。簡単には捕まえられない。
「静かに、そして確実に封じ込めるしかないな……」
◆
作戦は、“対象の興味を集中させたうえで、空気を遮断し、捕獲する”。
使用するのは――大型絵本。
図書館スタッフの協力で、1ページがA2サイズという巨大な“飛び出す絵本”を3冊用意し、中央閲覧スペースに配置する。
「ページの仕掛けをめくるタイミングで、天井から静音型の捕獲ネットを落とす」
「誘導役、やります!」
斉藤が絵本のページを開き始めると、リフレイがふわりと動いた。
翅を細かく振動させながら、まっすぐにそのページの上へ――
バサッ。
ネットが静かに降り、閉じ込めた。
「よし、捕獲成功!」
収容したネットの中では、リフレイが動きを止めていた。
刺激を与えなければ、静かに浮かんでいるだけらしい。
◆
回収後、リフレイは学術機関に移送された。
本を“読む”動作の解析が進んでいるが、まだその“意図”は判明していない。
ただ一点、興味深いことがあった。
「回収時、最後に読んでいた本、“市民生活マナーと条例”だったそうです」
「……真面目だな、あいつ」
「もしかして“市民になろうとしてた”とか?」
俺たちは苦笑しつつ、図書館の復旧作業に立ち会った。
館内の空気は徐々に元通りになり、読みかけの本が静かに棚へ戻されていく。
――が、帰り際。
斉藤がふと足を止めて言った。
「……あれ、今、どこかで“ページをめくる音”しませんでした?」
全員、動きを止めた。
館内は、静かだ。職員も、利用者もいない。
ただ、一冊の閉じられた本が――
風もないのに、パラ……と、1ページだけめくられていた。
「……真壁。あいつ、1体だけって確認できてたか?」
「……“視認できたのは”1体、でした」
「おい、図書館にカメラ増設する予算、今から申請してこい」
拙作について小説執筆自体が初心者なため、もしよろしければ感想などをいただけると幸いです。




