11話 動物園を脱走したのは、ゾウじゃなくて何か
午前9時過ぎ。市役所の防衛課に一本の通報が入った。
「青柳市動物園からゾウが脱走しました! でも、すみません、それ……ゾウじゃなかったです……あの、背中から草が生えてまして……」
――ゾウじゃなかった。
この一言で、俺の心は出勤10分でへし折られた。
「背中から草が生えてるゾウ? それ、もう動物じゃなくて怪獣の予感しかしないんだが」
「園内の監視カメラ映像です。……ああ、こりゃダメですね。完全に“知らん生き物”です」
俺こと西条修一(青柳市防衛課・現場統括係長)は、缶コーヒーを机に置いて立ち上がった。斉藤はもう慣れたもので、作業服を着ながら言う。
「ちなみに、今も園内をうろうろしてるそうです。警備員には“柵の向こうからじっと見つめてくる”ってだけで、攻撃性はないとのことです」
「いよいよ謎が深いな……よし、出るぞ」
◆
青柳市動物園――開園50年を迎える、ほどほどに老朽化した地方型動物園。
現地ではすでに関係者が退避しており、開園前だったため来園者はゼロ。幸いだった。
動物舎の裏手。そこにいたのは――確かに、ゾウ“っぽい”何かだった。
「おい斉藤、あれ見て“ゾウですね”って言えるか?」
「遠目だと……8割くらい。でも、近づくと……ああ、背中、完全に芝生生えてますね」
「仮称“クサゾウ”。特徴:体長4メートル前後。体表に植物繊維が付着。土壌のような皮膚構造」
分析担当の真壁が、すでにドローンを飛ばしてデータを取り始めていた。
「皮膚のpH値は中性。鳥がとまれる程度の柔らかさと安定性を持っています」
「鳥、実際にとまってますね。あれ、カワラヒワかな」
のどかだ。実にのどかだ。
だが、よく観察していると、クサゾウは園内の花壇に近づいては鼻のような器官で花を“抜いて”背中に植えるという動作を繰り返していた。
「……あいつ、ガーデニングしてないか?」
「植物を“自分の体に植える”ことで生態系を模倣しようとしているのかもしれません」
「模倣、というより……趣味の域な気もするけどな」
とにかく、今のところ被害はない。だが、問題はここが「動物園」だという点だ。
「ほっとくと“動物っぽくない動物”として話題になるぞ。YouTuber来るぞ」
「今のうちに搬出しましょう」
◆
捕獲にあたり、動物園スタッフが用意した“ゾウ用輸送ゲージ”に誘導することにした。
ただし、問題はどうやってクサゾウをその気にさせるかだ。
「誘導餌として何を?」
「園内の植栽課から“見た目が良い観葉植物”を借りました。“ポトス”と“コリウス”が良いそうです」
「……観葉植物で誘導する怪獣って初めてだな」
植物を載せた台車を押しながら、斉藤がゲージ方向へ誘導開始。
クサゾウは興味津々といった様子で鼻をフガフガさせながら近づき、そして――
台車からポトスをつかみ、その場で“自分の背中に植えた”。
「……まさかのその場ガーデニング!?」
「でも……動きが止まった! 今だ!」
2人がかりで台車ごとゲージへ移動。
クサゾウは、なぜか素直に後をついてきた。
そのままゲージにイン。あっさり収容。
「なんか……今日、楽でしたね」
「こういう日もないと、やってられん」
◆
クサゾウは“地衣類と有機土壌を共生させた構造生物”と判定され、捕獲後は自然共生センターに引き渡された。人間に対しては一切攻撃性なし。性格は温和。
ただし、しばらく飼育舎の床にミントを生やし続けているらしい。
「これ、もしかして癒やし枠じゃないですか?」
「見た目がゾウじゃなけりゃ、“市のマスコット化”まであったかもな」
「“クサゾウさん”、グッズ出ませんかね?」
「……やめてくれ。そのうち本当にゆるキャラにされる」
午後、市役所の休憩室で缶コーヒー片手に、俺は思った。
いろいろ出てくるが、今日のは間違いなく“当たり”の部類だ。
だが、ふと気づいた。
園のスタッフが言っていたのだ。
「あれ、たぶん柵を“破って”出たんじゃないです。中から出たんじゃなくて、外から入ってきた感じで……」
「……じゃあ、もともと園にいたわけじゃない?」
斉藤と目を合わせる。
その瞬間、少し背中がゾワッとした。
「ねぇ、西条さん……**市内に“土と植物でできた大きな穴”がないか、確認します?」
「……そうだな。あいつ、どこから来たのか。気になってきた」
拙作について小説執筆自体が初心者なため、もしよろしければ感想などをいただけると幸いです。