7 森へ
少年によると、魔王は少年が住んでいた田舎町の近く、森を流れる川の上流にいるということだった。
勇者の印の力なのか、何故か魔王のいる場所が分かるということだった。
我々は、魔王に出会う日を1日でも遅らせるかのように、ゆっくりと進んだ。私は、父上から課せられた恐ろしい使命を忘れるかのように、少年との旅を楽しんだ。
それは家令補も同じ気持ちだったようだ。私と彼は、少年を弟のように慈しんだ。
少年との絆が強くなればなるほど、私と家令補の苦悩は深まっていったが、それをはねのけるように、我々は1日1日を大切に過ごした。
有名な美味しい料理があると聞いて、ある町の料理店に立ち寄ったところ、少年が「こんな美味しい料理は生まれて初めて食べた」と大層喜び、気をよくした店主がデザートをサービスしてくれた。
街道で魔物に襲われていた隊商を助け、そのお礼にお茶をご馳走になり、遠い異国の不思議な話を沢山聞かせてもらった。
野営した夜は、焚き火の端でカードゲームをしたり、老騎士の武勇伝を皆で聞いたりした。
「俺のクソみたい人生にこんな刺激的で楽しい日々が訪れるなんて、夢にも思わなかったよ」
少年は、本当に嬉しそうに、屈託のない笑顔で私に言った。私の目から涙が溢れた。目にゴミが入ったかのように誤魔化しながら、私は何度も頷いた。
† † †
公爵城を出発して7日後、少年が住んでいた田舎町で食糧等を調達した我々は、遂に森へ入った。少年の案内で、森を流れる川に沿って上流へ進んだ。
「小さい頃、一度この辺りまで遊びに来たんだよ。いっぱい魔物がいて、走り回って遊んだんだ」
少年は笑顔で言った。
森の中では、見たこともない大きな魔物が沢山いたが、襲ってくることはなかった。
魔物達は、警戒しながらも、我々を川の上流へ進むように誘導した。私は、自分がまるで敵国の使者になったかのような気分だった。
そんな魔物達に、少年は優しく接した。警戒して威嚇する魔物もいたが、少年はお構い無しだった。
そのせいかどうか分からないが、我々が野営しようとする場所に、見たことのない種類の果物が置かれていることがあった。
心配する我々をよそに、少年は「ありがとう! 美味しくいただくよ」と森の暗がりの方へ向かって叫ぶと、その果物を食べた。
私もひとつ貰ったが、ビックリするくらい甘くて美味しい果物だった。
† † †
森に入ってから3日目の早朝。我々は、森が開けた場所にたどり着いた。
その場所は、一つの町がすっぽり入るくらい大きな円形の場所で、一面に美しい草花が咲き乱れていた。
そして、その中央には、見たこともない大木があった。
少年によると、その大木は、この森特有の種類の木で、彼の名の由来になった木ということだった。
大木は、森の他の木々の数倍はあるのではないかという大きさだった。
「あの大木から、とんでもない魔力を感じます」
魔法が得意な家令補が、緊張した面持ちで言った。我々は大木に向かって進んだ。
大木の近くまで来ると、どこからともなく、老人の声が聞こえてきた。
「ようやく来たか、勇者よ。さあ、千年前の決着をつけようぞ!」
その声を聞いた少年が叫んだ。
「うるさい! さっさと出てこい。このクソ魔王! 森のウンコ王!」
「口の悪い勇者だな……千年前の勇者はもっと礼儀正しかったぞ」
タメ息混じりの声が聞こえたかと思うと、我々の目の前に、大きな一枚布を体に巻き付けたような古代の服装をした老人姿の魔王が現れた。
魔王は、少年をしげしげと見た後、驚いた顔で言った。
「なんじゃ、お前、いつも森の子と遊んでいた童ではないか」
「俺のことを知ってるのか?」
少年が驚いた顔で言った。魔王が苦笑した。
「知ってるも何も、森の子があれだけ懐いた人間は他におらんからのう」
「さて、どうしたものか。神も面倒な相手を勇者に選び給うたものだ」
魔王は何やら困った様子だった。少年が怒りながら言った。
「お前のせいで、俺は司祭に杖でボコボコにされるわ牢屋に閉じ込められるわ、散々な目に遭ったんだからな!」
「怒る相手を間違っておるぞ……まあよい、勇者よ、どのように戦う?」
魔王がチラリと私を一瞥すると、老人姿から勇者たる少年と同じくらいの年頃の少年の姿になった。
何と、その顔立ちは、10代前半の頃の私とそっくりだった。服装は私と同じ旅装で、私と同じ剣を手にしていた。
「決まっている。拳だ」
少年は、腕まくりをしながら魔王に言った。
それを聞いた私の少年時代の姿形をした魔王は、ニヤリと笑った。魔王の手から剣が消えた。魔王も腕まくりをした。
まったく緊張感のない不思議な雰囲気の中、勇者と魔王の戦いが遂に始まった。
続きは明日投稿予定です。