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6 策謀

 公爵城へ戻った私は、少年を家令補の従者に預けると、家令補とともに西域公である父上の書斎へ向かった。


 書斎には、父上のほか、家令もいた。


 私と家令補からの報告を聞いた父上は、開口一番、こう言った。


「素晴らしい。これで東域公を出し抜けるぞ!」


 そう言うと、父上は、侍従を呼び出し、少年の「勇者の印」の詳細なスケッチを命じた。


 侍従が退室した後、父上は満面の笑みで私に言った。


「息子よ、西方侯よ。お前は勇者だ」


 最初、私は父上の言う意味が分からなかった。


 私は、神に選ばれた勇者は少年であるということを父上が聞き漏らしたのではないかと思い、家令補と一緒にその点を改めて説明し、父上の書斎を後にした。


 しかし、それは違った。父上の真意が分かったのは、翌日のことだった。


 翌日の昼過ぎ、父上に呼び出された私と家令補は、普段使っていない塔の一室へ向かった。


 部屋に入ると、父上と家令の他、兵士が数名と、知らない男が1人いた。


「息子よ、西方侯よ、お前は勇者になるのだ」


 父上は、そう言うと、知らない男を指差した。


「この者は彫り師だ。これから、お前の胸に『勇者の印』を彫ってもらう」


 私と家令補は、神に背くことは出来ないと反発した。しかし、父上は聞き入れなかった。


 父上の命を受けた兵士が、私を取り囲むと、部屋に用意されたベッドに無理矢理連れて行こうとした。


 それに猛反発して私を助けようとした家令補は、父親である家令に殴り倒された。その直後、魔法を使える兵士の1人が、私と家令補に鎮静の魔法を唱えた。


 顔から血を流し、なお立ち向かおうと起き上がった家令補が気を失い、床に倒れ込むのが見えた。そして、私も意識を失った。


 私が目を覚ましたときには、すでに夕方になっていた。


 ベッド脇には、先に目を覚ました家令補が心配そうな顔で私を見ていた。


 私は、いつの間にか上半身が裸にされていた。私の胸には、少年と同じ「勇者の印」が刻まれていた。


 そう、私のこの胸にある勇者の印は、その時に入れられた本物そっくりの入れ墨なのだよ。


 そして、女王は見たことがあると思うが、当時家令補だった彼の頬の傷は、この時のものだ。家令が彼を殴ったときに、指輪が当たり怪我をしたのだ。


 本人は「若気の至りだよ」とよく笑って言っていたが、あれは、私を守るために負った傷だったのだ。


 あの時、彼は、私のために心の底から怒ってくれた。彼には感謝してもしきれない。


 私と家令補は、父の書斎へ向かい、涙を流して父上に抗議した。父上は顔色一つ変えず、こう言った。これは、公爵家のため、ひいてはお前達のためだ、と。


「あの少年が魔王を倒したら、少年を殺せ。そうすれば、お前が真の勇者となり、王配どころか女王との共同君主への道が開ける」


 父上は冷厳に言った。信じられなかった。


 私は家令補とともに反対したが、父上はこう迫った。


「お前が手を下さなければ、私の部下に命じて少年を(むご)たらしく殺させることにしよう」


「お前が首を縦に振らないと、あの少年は苦しみ抜いて死ぬことになる」


「お前はワガママを言ってあの少年を苦しめるのか? お前に慈悲の心があるなら、自らの手でなるべく苦痛のないように殺してやれ」


 明らかな詭弁だった。だが、当時の私には、父上に抗える力も智恵もなかった。


 私は、嗚咽(おえつ)しながら承諾した。あの時の怒り、無力感、絶望……思い出す度に胸が締め付けられる。


 私の胸に刻まれた勇者の印は、この辛い思い出の印だ。だから、その後、この印は妻である女王を除き誰にも見せることはなかった。


 愛しの女王よ。君は私の気持ちを察してくれていたのか、私の胸の勇者の印については何も聞かず、まるで傷を癒すかのように優しく触れてくれたね……本当にありがとう。


 ……ああ、すまない。そんなに恥ずかしがらせるつもりはなかったのだが。ははは、すまん、すまん。


 ちなみに、だいぶ後になって知ったことだが、私の胸の入れ墨を彫った彫り師は、褒美を貰って公爵城から帰る途中、盗賊に襲われて殺されたそうだ。真相は闇の中だが、私は、父上と家令の指示だと思っている。



† † †



 私と家令補は、魔王のいる森に向けて出発する準備を急ぎ進めた。


 その頃になると、東方侯は、魔物を討伐しながら王都の北方に進んでいた。


 このまま王都西部にまで進み、勇者である少年の噂を東方侯経由で東域公が知ることになれば……きっと、勇者である少年を巡って凄惨な争いが生ずると考え、出発を急いだのだ。


 父上や東域公は、王国の安寧よりも、王配の地位の争奪を優先するだろう。私と家令補はそう確信していた。


 私と家令補は、なるべく父上や家令の息のかかっていない者を探したが、ほとんどいなかった。


 最終的に、荷物等を運ぶ従者数人の他、私の剣術の指南役の中から選んだ1人の騎士を連れて行くことにした。


 彼は老年に差し掛かっていたが、誰よりも正義を重んじる者だった。彼なら信頼できると、私も家令補も判断したのだ。


 最近王都で流行っている勇者の魔王討伐の歌劇では、勇者の一行は、勇者のほか、魔法使い、剣士、それに女武闘家とされているそうだね。


 おそらくあれは、この時のメンバーを見聞きした者の噂を基に、劇作家が考案したのだろう。


 勇者は私、魔法使いは魔法が得意だった家令補、剣士は私の剣術の指南役の騎士、そして、女武闘家は勇者たる少年をモデルにしたのではないか。


 長髪で武器を持たず、動きやすい服を着ていた少年は、女武闘家に間違えられたのだろう。


 ちなみに、その歌劇だと、勇者と魔王は北方の高山地帯で戦ったことにされているようだが、あれは、東方侯の北方での魔物討伐を参考にしているのかもしれない。


 あの地域の温泉街の旅館組合が劇団のスポンサーになっているのが影響しているのかもしれないが。


 そういえば、あの地域の温泉のひとつは、東方侯が魔物を討伐する途中で見つけたそうだよ。それについての彼の話は面白かったなあ……なんと、魔物も温泉で傷や疲れを癒すんだそうだよ。


 ああ、すまない。話が逸れてしまった。


 我々は、旅の準備が整うと、ひっそりと出発した。目的地は、あの少年が住んでいた田舎町の近くにある、とてつもなく深く広い森だった。

続きは明日投稿予定です。

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