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5 勇者の印

「久々の太陽の光に冷たく綺麗な水……最高だぜ!」


 翌朝、教会前の広場の井戸端で水浴びをしてサッパリした長髪の少年が、笑顔で私に言った。


 昨晩、私と家令補は、この少年を連れ出すことについて司祭と交渉を行った。


 司祭は、貴重な労働力がいなくなると困るとか、森の精霊が憑いたままだとか、初めは色々と理由をつけて難色を示したが、家令補が教会と司祭個人への寄進を申し出たところ、態度一転、快く了解してくれた。


 ああ、大司教よ、そのような顔をしないでくれ。大司教も知ってのとおり、堕落した聖職者というものは、いつの世にもいるものなのだよ。


 少年の名は、この田舎町の近くの森特有の木の名前に由来するものということだった。とても良い響きの名だった。


 すぐにでも森へ行きたいという少年を何とか説得し、私達はひとまず公爵城へ戻ることにした。相手は森の王、魔王だ。準備が必要だ。


 公爵城への道中で分かったことだが、魔物は何故か少年を襲わなかった。何度か魔物の襲撃を受けたのだが、魔物は、少年を避けるように行動していた。


 少年は、その不思議な力を活用して、我々を魔物の襲撃から守ってくれた。


「ほら、早く自分たちの森へ帰るんだ!」


 などと言いながら、優しく魔物を追い払っていた。


 少年曰く「上手く説明できないけど、魔物は自分を襲わないということが分かるんだ」とのことだった。


 道中で少年は色々なことを話してくれた。


 幼い頃、流行病で両親を失い、親戚の家を転々としたが、どこでも厄介者扱いされ、「意地悪」をされたこと。


 彼はさも当たり前のように話したが、その「意地悪」の内容は、おぞましい虐待の数々で、話を聞いた私は、思わず耳を塞ぎたくなるようなものばかりだった。


 そのような「意地悪」から守ってくれる大人も友達もおらず、辛い毎日だったこと。


 その辛い日々を癒やしてくれたのは、森の魔物だったこと。毎日のように森へ遊びに行き、魔物と触れ合ったこと。魔物は、辛く孤独な自分を慰めるかのように接してくれたこと。


 口減らしのため親戚の家を追い出され、半ば捨てられるように教会に預けられたこと。教会では散々こき使われ、頻繁に体罰を受けて大変苦労したこと。


 今年の夏至の日に高熱を出したかと思うと、胸の辺りに紋章のようなアザが現れたこと。


 そして、この紋章のようなアザは「勇者の印」であり、自分は森の王たる魔王と一騎打ちをしないといけないと何となく分かったこと……


「だから司祭には『森に行って魔王をぶん殴ってくる』って言ったんだけど、そしたら気が変になったと思われて牢屋に閉じ込められてさ。あげくに仕事を怠けるための嘘だとか言われて折檻だぜ? ほんと酷い目に遭ったよ」


 少年は、小石を蹴って歩きながら、馬上の私にそう言って笑った。彼は、勇者たる少年は、ずっと大変な境遇だったにもかかわらず、底抜けに明るかった。


 ふふ、この少年が勇者だと聞いて、女王も大司教も驚かないのだね。


 この王国のあらゆる書物には、勇者は私だと記されている。この王国のあらゆる者が、私を勇者だと、偉大な王だと言って(たた)える。そして、私も、勇者として、王として、皆の期待に応えてきたつもりだ。


 だが、この王国の者であれば、誰もが一度は聞いたことがあるはずだ。王は勇者ではないという噂を……そう、勇者はこの少年だった。私は、噂のとおり、偽りの勇者だったのだよ。



† † †



 ……ありがとう、愛しの女王。


 確かに私は努力に努力を重ね、女王とともにこの国を繁栄に導いてきた。


 王としての私の行動に、一つも誤りがなかったと言う自信はないが、少なくとも私は、王としての務めを(あた)う限り果たせたのではないかと思っている。


 私が王となり、東方侯が東域公となった後、彼と二人で騎士団の先頭に立ち、命懸けで東方の強国の軍勢を撃退したこともあった。


 そういう意味では、女王の言うとおり、私も「勇者」と称する資格があるのかもしれない。


 だが、あのとき、魔王と戦うために勇者として神に選ばれたのは、私ではなく、あの少年だった。これは覆すことのできない事実なのだよ。


 このことは、誰にも語らず、墓場まで持って行くつもりだった。勇者として死ぬつもりだった。


 だが、人とは存外に弱いものだ。死を目の前にして、真実を語らずにこの世を去るのが怖くなった。


 家令補だった彼はすでに天に召され、私が真実を知る最後の一人だ。自らの口で、女王と大司教には何があったのかを話しておこうと思い直した。どうか、私のワガママを許して欲しい。


 ……ありがとう。いや、大丈夫だ。まだ話せる。神よ、私に今しばらくの猶予を与え給え。


 何故、あの少年ではなく私が勇者になったのか。それは、父上たる西域公の恐ろしい思いつきによるものだった。

続きは明日投稿予定です。

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