4 田舎町の少年
「先ほどの大図書館長の話、どう思う?」
自室に戻りソファーに座った私は、向かいに座る家令補に聞いた。
「単なる作り話ですよ、と言いたいところですが、気になりますよね」
家令補が、報告書を開きながら言った。
私は、ソファーにもたれかかり、天井を仰ぎ見た。
「森の王となった魔王が、古の約束に従い、魔物を操って、人に戦いを、決着を求めている……」
「もし、それが事実だとしたら、神がどこかで人の代表、すなわち勇者をお選びになっているということになるのかな」
「そういうことになりますね……あ、そういえば」
私の呟きを聞いた家令補が、報告書から顔を上げて言った。
「この前のパーティーで、ある男爵と雑談したのですが、不思議な話を聞きました。何でも、その男爵の領内で森の精霊に取り憑かれた少年がいるとか何とか……」
「森の精霊?」
私は思わずソファーから乗り出した。家令補が話を続けた。
「ええ。教会の下働きの少年なのですが、魔物が狂暴化したにもかかわらず何度も森へ行こうとするらしいんです」
「困った教会が、取りあえずその少年を部屋に閉じ込めて、色々と祈祷をしていると言っていました」
「……気になるね。その教会って、どこにあるの?」
「ここから南に2日ほどの距離にある田舎町ですね」
「よし、行ってみようか。何かヒントがあるかもしれない」
私と家令補は、さっそく旅の準備を始めた。
† † †
2日後の朝、私と家令補は、護衛の騎士や魔法使いを伴い、「森の精霊に取り憑かれた少年」のいる田舎町へ向かうため、公爵城を出発した。
表向きは、公爵城がある王国第2の都市の周辺の町と森の現状を確認するということにした。
出発に際し、父上は「ようやく重い腰を上げたな」といって苦笑していた。
道中、何度か魔物の襲撃を受けた。
私はその度に剣を取り、家令補は魔法を唱え、他の護衛の者と協力して魔物を追い払った。魔物は敵意むき出しで、追い払うのに難儀した。
私は、公爵城近くの草原でウサギ狩りをする程度だったので、森の魔物を見る機会はあまりなかったが、森に詳しい騎士によると、魔物が自分や子ども、仲間を守る以外に人を襲うことは通常考えられないということだった。
我々が大きな森の端の田舎町に到着したのは、予定よりも遅れ、公爵城を出発して3日目の夕方だった。
少年がいる教会は、町で一番大きな建物であったこともあり、我々は、そこで一晩泊めてもらうことにした。私と家令補は、司祭と夕食を共にすることになった。
「ああ、森の精霊に取り憑かれた少年ですか。まさか西方侯様のお耳にまで入っているとは……」
夕食時、私が少年のことを聞くと、私の向かいに座っていた司祭が、気まずそうな顔をして答えた。
司祭によると、少年は13歳。両親を早くに亡くし、3年ほど前から教会に住み込んで下働きをしているということだった。
魔物が狂暴化した頃、突然森の精霊が呼んでいると言い出したので、一時的に部屋に閉じ込めたそうだが、それが町中で噂になってしまったということだった。
その後、司祭が祈祷を行うなどしているものの、状況は良くならず、今は倉庫に閉じ込めているということだった。
私と家令補は、渋る司祭を説得して、夕食後にその少年を閉じ込めている倉庫に案内してもらうことにした。
† † †
そこは、倉庫ではなく、地下牢だった。
「どうも激しく暴れましたので、他に入れる部屋がありませんでして」
司祭が勝手に弁解を始めた。
牢の鉄格子の向こうでは、藁を敷いた床に三角座りをした少年がじっとこちらを睨んでいた。体は汚れていたが、一見少女と見間違う長い髪に整った顔立ちだった。
私は、牢の中にいる少年に声を掛けた。
「どうして森へ行こうと思ったんだい?」
少年は、私を睨みながら言った。
「決着をつけないといけないんだよ」
「決着?」
「そう、決着。何故かは知らないけど、俺がやらなきゃいけないんだ。この胸の模様が出た日に分かったんだ」
そう言うと、少年がボロボロの上衣を脱いだ。胸の辺りに何やら紋章のようなアザが浮かび上がっていた。
よく見ると、紋章のようなアザの他、体中に打撲の跡があった。
「森の精霊をあの子の体から追い出すため、杖で打ち据える必要がありまして」
司祭がまた弁解じみたことを言った。そんな祈祷や儀式は聞いたことがなかった。
少年が上衣を着ながら言った。
「何度も言ってるけど、森の精霊じゃなくて森の王!」
少年が立ち上がった。
「森の王が、魔王が俺を呼んでるんだ。ここから出してくれ!」
私と家令補は顔を見合わせた。
続きは明日投稿予定です。