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3 大図書館

 大図書館は、その名のとおり、王国一の規模を誇る図書館で、歴代の西域公が収集した古今東西の図書・資料を保管していた。


 女王や大司教も知ってのとおり、この大図書館が後の王立第2高等学校の大図書館になるというわけだ。


 そして、その大図書館を管理する司書の長である大図書館長は、女性のエルフで、当時の御年150歳。王国一の長生きと言われていた。


 エルフは総じて美しく、人の15、6歳頃の姿まで成長した後、見た目はほとんど変わらないまま年を重ねる。人よりも長命だが、大図書館長ほどの長生きは珍しい。


 外見は私や家令補よりも年下に見えるが、130歳ほど年上の大図書館長は、優しい笑顔で私達を迎えてくれた。


「あらあら、西方侯様に家令補殿ではありませんか。つい先日、書架の陰でかくれんぼをしていたと思ったら……お二人とも大きゅうなられましたね」


「ははは、かくれんぼは十年以上前の話だよ、大図書館長。今日はちょっと教えてもらいたいことがあって来たんだ」


 大図書館長の執務室のソファーに座った私と家令補は、向かいに座る大図書館長に、魔物の狂暴化と集めた情報について説明した。


「世の中、そんな大変なことになっていたのですね。最近は城内に籠もりっきりだったもので、すっかり世事に(うと)くなっておりました」


 大図書館長は、遠い目をしながら言った。


「夏至を境に狂暴になった魔物……私が幼い頃、旅芸人がよくやっていたお芝居で、勇者と魔王のお話があったのですが、そのお話を思い出しますね」


「勇者と魔王?」


 私と家令補は、お互いに顔を見合わせた。聞いたことのない話だった。


「もう今ではすっかり(すた)れてしまったお話です」


 大図書館長が、遠い記憶を呼び起こしながら話してくれた。


「遙か昔、人と魔物は、お互いに世界の全てを手に入れようと、血で血を洗う戦いを繰り広げていました」


「これに心を痛めた神は、戦いに終止符を打つべく、人と魔物それぞれに代表を立て、その代表同士で決着をつけさせることにしました」


「人の代表は勇者、魔物の代表は魔王と呼ばれました」


 大図書館長はソファーから立ち上がり、執務机へ向かいながら話を続けた。


「勇者と魔王の戦いは、夏至の日の出とともに始まりました」


「三日三晩の激闘の末、ついに勇者は魔王を倒しました。魔王は許しを請い、慈悲深い勇者はそれを受け入れました」


「それ以降、人は平原に、魔物は森にそれぞれ住むようになり、世界は平和になりました。めでたし、めでたし」


 大図書館長は、執務机の中から一つの鍵を取り出した。


「このお話の基になった大昔の叙事詩が書庫にあったと思います。ご覧になりますか?」


「是非とも」


 私と家令補はソファーから立ち上がった。



† † †



 私と家令補は、大図書館長に案内されて、ランプを片手に地下の書庫の奥深くへ進んだ。


 ある書架の前で立ち止まった大図書館長は、発火の魔法を唱えて近くの壁の松明(たいまつ)に火を(とも)すと、書架から巻物を一つ手に取った。


「こちらです」


 大図書館長が書架の空きスペースに巻物を広げた。家令補がランプを近づけ照らしてくれた。


「ご覧ください。この部分です」


 大図書館長が巻物のある部分を指差して言った。巻物は古語で書かれていた。


 私は、巻物に顔を近づけ、大図書館長が指差す部分を読み上げた。


「ええっと、長く暑いお昼、神の光が……」


「それは『夏至の太陽』と訳すのですよ。西方侯様は昔から古語が苦手でしたわね」


 大図書館長が笑った。私は思わず頭を掻いた。


 私はちらりと家令補の顔を見たが、家令補も苦笑しながら頭を横に振った。魔法をはじめとした勉学が得意な彼も、古語は苦手だった。


 私と家令補の顔を見た大図書館は、優しく微笑むと、古語を翻訳して朗読してくれた。


「さて、かくも激しき勇者と魔王の戦いは、三日三晩続いたものの、ついに決着することはなかった」


「あれ、さっきの話だと勇者が勝ったのでは?」


 私が大図書館長に聞いた。大図書館長が笑った。


「ふふ、そうですね。おそらく芝居を面白くするため、色々と話が変わっていったのでしょうね」


 大図書館長が朗読を続けた。


「夏至の太陽が昇り始めたとき、魔王は勇者に言った。『今回は引き分けと致そう。森は魔物の領土に、平原は人の領土に。私は森の王に、お主は平原の王に。千年後の夏至の日に、改めて決着をつけようぞ』と」


「勇者は魔王に言った。『承知した。改めて決着をつけるその日まで。しかし、私はお主ほど長くは生きられぬ。私では決着をつけられぬ』と」


「魔王は勇者に言った。『案ずるな。その日が来れば、神がまた人の代表を立たせ給うべし』と」


「森の王となった魔王は、今でもその日を待っている。勇者と決着をつける日を……勇者と魔王の物語は、ここまでですね」


「ありがとう、大図書館長。ちなみに、この叙事詩が作られたのはいつ頃なの?」


 私が聞くと、大図書館長は巻物を片付けながら答えた。


「おおよそ700年前だと言われています。そして、この叙事詩では、勇者と魔王の戦いを333年前にあったこととしています」


「ということは、勇者と魔王の戦いは今から大体千年前か」


 私は(つぶや)いた。大図書館長が(うなず)いた。


「夏至の日を境に狂暴になった魔物が人を襲う……千年前の約束に従い、森の王となった魔王が決着を求めているのかもしれませんね」


 大図書館長はそう言うと、消火の魔法を唱え、(たい)(まつ)の炎を消した。書庫の暗闇と静寂が、ひどく不気味に感じられた。

続きは明日投稿予定です。

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