5:エピローグ
あの舞踏会から半年が経った。
公爵家の次男ガエルはあの舞踏会以降、令嬢とのご縁がなくなり、修道僧となり、今は修道院にいる。宮廷楽団のバイオリン演奏者のオノレは、マダム親衛隊の加護もなくなり、今は男色家としての道を歩んでいた。警備騎士の隊長コールは、国外追放となり、その後の行方は知れない。
断頭台送りになってもおかしくないコールが国外追放になったのは、王太子の妹との情事を、公にはしなかったためだ。確かにそれは、王家としては秘しておきたいことだろう。目撃した者には箝口令が敷かれたはずだ。
その結果コールは、任務の最中に不適切な行動があったための処分ということで、国外追放になったが……。
コールの全身には蜂蜜が塗られ、足首には重い鉄球のついた枷がつけられた。そして私がズタボロで捨てられた森の近くの国境に、放置されたと聞いている。その直後、森の中では兵士が狩りを行い、何匹かの狼と一匹の雄の大型の熊が、国境付近に逃げたそうだ。
こうして彼らのその後を知るにつけ、なんだか悪役令嬢が辿る悲惨な末路を、攻略対象が歩んでいるようである。
自分としては。
私の純潔を奪おうとした3人にヅラ魔法を使えたので満足だったが。
「エレーヌ。まだ終わっちゃいないよ。最後の仕上げをしないと」
ルアンヌにはっぱをかけられ、大聖堂へ向かうことにした。
今日はどこぞやの国の姫君に私は扮している。
この半年で、沢山の魔法を覚えた。
姫にだって変身できるし、そこら辺にいる虫を供の従者に変えることもできる。大聖堂を警備する騎士も簡単に魔法で従わせることができた。
こうして王太子とマリエットの結婚式が執り行われる大聖堂内部に入り込むことに成功する。
見晴らしのいい席を、見知らぬ国の皇太子に譲ってもらい、陣取った。程なくして式がスタートする。正装した王太子ドナルドが祭壇の前に現れた。相当厚底のシークレットブーツをはいているようで、いつもよりかなり長身に見える。一方、10メートル近いベールを引きずりながら、マリエットがバージンロードを進んできていた。
式は滞りなく進んでいる。
静かにその様子を見守っていたが。
ついにその時が来た。
誓いのキス。
ここで新郎ドナルドは新婦マリエットのベールを持ち上げる。
その瞬間を見計らい。
押し殺した声で囁く。
「ヅラ魔法、発動!」
ドナルドが持ち上げたベールは、そのままマリエットのブロンドを持ち上げることになる。驚いたドナルドが手を離した瞬間。ベール付きのブロンドのヅラが、バージンロードに落ち、招待客が悲鳴をあげる。
「ヅラ魔法、発動!」
悲鳴に紛れ、魔法を発動すると。
マリエットの姿を見て、よろめいて祭壇に手をついたドナルドの頭から、今度はダークブロンドのヅラが落下する。マリエットが悲鳴をあげ、招待客はさらに悲鳴をあげ……。
阿鼻叫喚の世界へと変わる。
慌てたブライズメイドや側近が新郎新婦の頭にヅラを載せようとするが、それは滑ってすぐ落ちる。もうどうにもできない。
結局、ヅラなしで二人は式を最後まで挙げた。
そこは……立派だと思う。
見ている招待客は困惑し、大変そうだったが。
とりあえず、引きつった顔でライスシャワーを浴びながらパレードのための馬車に乗り込む二人を見送り、森へ戻ることにした。
◇
「あー、せいせいしたわ、エレーヌ。これでお前さんを貶めようとした全員に復讐ができたわけだ。あのドナルドとマリエットは、お互いを思いやる心を持てないから、突然のヅラ事件で恥をかいたのは『お前のせい』『あんたのせい』と思っている。すぐに離婚してマリエットは修道院送り。ドナルドは再婚と離婚を繰り返し、廃太子になるのは時間の問題だね」
水晶玉で。
未来も見通せるルアンヌは。
引き出物でもらったクッキーをかじりながらそんなことを言う。
「これで良かったのでしょうか?」
「ああ。良かったのさ。コピーキャットのマリエットはドレスを盗作し、人の婚約者を盗んで、無実の罪をお前さんに被せた。王太子のドナルドはコピーキャットに騙され、お前さんを断罪し、国外追放を命じた。残りの男どもは、傷ついたお前さんの体を弄ぼうとした。自業自得だよ。悪さをしても誰も見ていないと思ったら、大間違いさ。お天道様はちゃんと見ている。すぐには何も起きないかもしれない。でもね、因果応報、いつか天罰は下されるのさ」
そう言ってウィンクするルアンヌを見て、ようやく私は気づいた。
ああ、そうなのか。
悪いことをしても、それはバレるのだ。
誰も見ていない、バレていないと思っても。
どこかで綻びがある。
ひょんなことがきっかけでその悪事はバレるのだ。
ルアンヌは見ていた。
水晶玉で。
何気なく。暇つぶしで。
そして見てしまった。
盗作女の悪事を。王太子が断罪する様子を。3人の男どもの傍若無人な振る舞いを。
あまりにもヒドイと思った。
そして、そんなヒドイ目にあったズタボロ女が森に捨てられているのを発見した――。
「師匠」
「なんだい、エレーヌ?」
「一生、ついて行きます」
「なんだよ、突然。変なこと言っていないで、コーヒーでもいれておくれ」
断罪回避を諦めた悪役令嬢は、断罪後にシナリオにもない辱めを受けかけたが、最強の魔女が味方してくれて、最後は自分を貶めた全員に無事ざまぁができたとさ。
めでたし、めでたし。
お読みいただきありがとうございました!
今回も前回同様こっそり更新。
初めてのざまぁ作品。読者様の声を反映しました。
いかがだったでしょうか?
引き続き、第二章もお楽しみください!