3:ヅラ魔法
「エレーヌ、お前さんはホント、伯爵家の令嬢だったとは思えない程、掃除もできれば、炊事もできる。縫物もできるし、洗濯もちゃんとできるときた。立派だよ。魔法を覚えれば、それも今よりうんと楽になる。だからこれからあんたには、魔法を逐次教えて行くつもりだけどさ。それで、このままでいいのかい?」
ルアンヌは黒パンをスープにひたしながら尋ねた。
「このままでいい、と申しますと、師匠?」
「だからさ、お前さんにこんなヒドイことをした奴に、復讐をしないでいいのかい?」
復讐。
あまり考えていなかった。だって私は悪役令嬢だから。断罪されないと悪役令嬢という役回りからは解放されない。だからされたこと全部、仕方ないと諦めていたが……。
「お前さんが復讐するつもりはなくても。そんなヒドイことをした奴らがのうのうと生きて行くのは、あたしは納得がいかないね。悪意ある行為には天罰が下らないと、やってられないじゃないかい。男どもがしたこともそうだけど。お前さんから婚約者を奪ったコピーキャットも。ぎゃふんとさせないとダメじゃないか。じゃないとさ、繰り返すよ、同じことを」
なるほど。
そんな考え方もあるのか。確かに私に対してやったようなことを繰り返しては、被害者が増えるだけだ。そんなことをできないようにすることは、世のため人のためになるということか。
そこで復讐について考えることになるのだが……。
なかなか思いつかない。そもそも誰かを傷つけるのはちょっと……という思いもあるので、4人の攻略対象とコピーキャットの身体をズタボロにする気にはならない。
苦肉の策で思いついた方法をルアンヌに話すと大爆笑したが「でもそれぐらいがお前さんらしい。いいお仕置きになるよ」と言って、私の望む魔法を教えてくれた。
◇
こうして、私は順番に復讐という名のざまぁを始めることにした。
ルアンヌの魔法で、モブにしか見えない地味令嬢に姿を変えた私は、宮殿で開かれる舞踏会に顔を出した。地味令嬢なので誰の目に留まることもなく、そして声をかけられることもなく、自由に会場を動き回ることができた。
そして。
すぐに見つけた公爵家の次男ガエル。沢山の令嬢を周囲にはべらせ、自慢のブロンドを揺らしている。ガエルは普通にハンサムだ。特に身長が高いので、目立つ。そしていつも真紅のテールコート姿で舞踏会にやってくる。そこに群がる令嬢。その様子は一輪の真紅の美しい薔薇に、着飾った蝶が群がっているようだ。
その瞬間のために、私は離れた場所で息をひそめる。
そのタイミングはすぐにやってきた。
なぜならその動作は。ガエルが3分に1回はやる仕草なのだから。
そう。
自身の自慢のブロンドをかきあげた瞬間。
「ヅラ魔法、発動!」
かきあげられたブロンドは、そのまま指の間を流れることはない。
ヅラに変ったガエルのブロンドは、かきあげる手の動きと同時に頭皮を離れ、後頭部の方へと落下する。するとそこにはツルンと剥いたゆで卵のような頭部が現れた。
「キャーッ」と令嬢たちの悲鳴が一斉に響く。
何が起きたか分からないガエルはキョトンとしている。
だが自身の頭皮に触れ……。
良し。完了。
ヅラ魔法。
ルアンヌが教えてくれた魔法は、相手の髪を即座にヅラ=カツラに変える魔法だ。生えている髪はヅラになり、頭皮はツルツル。だからちょっとでも動けば、ヅラは落ちる。
さらに。
「師匠、時間が経てば、髪は生えますよね?」
「普通はね。でもね、この魔法は呪いでもある。髪はもう生えない」
「え、そうなのですか? それは少しやり過ぎでは?」
「お前さんは本当にお人好しだね。怪我はなおった。でもお前さんの心は傷ついた。一生癒えない傷を負ったんだ。髪が生えたら、喉元過ぎれば熱さ忘れるで、また悪さをするさ。ヅラ魔法が行使された人間は一生、髪は生えないよ」
ヅラ魔法。
地味だが何気に恐ろしい魔法だ。