6:一発逆転
ヴィンは私の肩を抱くと、広間に戻った。
広間では混乱が収まらないまま、でも料理が出され、新郎新婦はひな壇に着席していた。新郎は鼻毛ぼうぼうのまま、新婦は落ちそうになるヅラをショールで結わきながら。
「……あれがケイト、君の彼らへの復讐ですか?」
「復讐ではなく、禊です。これで彼らとは決別するつもりで……」
「ケイトは……優しいですね」
微笑んだヴィンが別人過ぎて、なんだかいまだあの地味令息なのかと、不思議な気持ちになる。
ひな壇に到着したヴィンと私を見て、新郎新婦……ランジェロとスティアナが、目を丸くしていた。ランジェロが目配せすると、警備員が駆け寄ろうとしたが。
「静粛に」
ヴィンが、信じられないほど大きなよく通る声で一声発すると。
披露宴会場は、一瞬でシンとした。
警備員でさえ、動きを止める。すかさずヴィンが話を続ける。
「僕はヴィンセント・ニコラス・ウィザード、この国の第一皇子。これがその証です」
ヴィンが首からペンダントを取り出した。
それは皇族の紋章が刻まれた黄金のアミュレット。
その効果たるやてきめんで、水戸黄門の印籠のようで、その場にいた全員が席から立ち上がり、「第一皇子殿下に、ご挨拶申し上げます」と女性はカーテシー、男性は胸に手を当て挨拶をした。
もうこの場にいた全員が、パニック寸前だと思う。
私だって腰が抜けそうだ。
この国の第一皇子は、子供の頃、誘拐未遂を経験している。よって十八歳になるまで、公務は控えめにすると発表されていた。以後、彼の姿絵なども出回ることがなく、第一皇子は謎のベールに包まれていたのだ。だからみんな、ヴィンセント第一皇子と名乗るまで、彼が何者であるか分かっていなかった。
しかし、今のこの状況は……。
新郎は突如鼻毛ぼうぼうで、新婦は今の挨拶でヅラが落ちた。
そしてそこに突然、この国の第一皇子、さらには新郎の元婚約者の逃亡犯が現れたのだ。
完全に、意味不明で、カオスだ。
真面目な顔で、突然現れた皇族にみんな挨拶をしたが、頭の中は、大混乱だろう。この状態で、ヴィン……ヴィンセント第一皇子は、さらなる燃料投下をしようとしている……。
「今日、僕がここに来たのは、ランジェロ・ジャック・エールとスティアナ・マレットに決闘裁判を申し込むためです」
ランジェロは、鼻毛ぼうぼうの顔を真っ青にした。落ちたヅラを、ブライズメイドが必死に頭にのせようとしていたが、スティアナは顔面蒼白で固まっている。招待客は「決闘裁判」という言葉に震撼していた。
「ここにいるケイト・マリー・エメリックは、スティアナ・マレットの毒殺未遂の罪を問われましたが、彼女は無罪。マレット男爵令嬢は、僕が栽培した新種の水色スズランを口にして、具合が悪くなったと証言をしましたが、それは偽証です。なぜなら、毒殺に使われた水色スズランという新種には、毒がありません。無毒化をすることで、水色スズランは誕生したのです。逆に言えば、毒があっては、水色スズランにはなりません!」
これにはもう会場は大騒ぎとなる。スティアナはブライズメイドの手をはたき、ヅラを諦め、顔を引きつらせていた。そしてもはやヴィンセント第一皇子を、直視することできないでいる。
「再現した水色スズランの用意もできています。皇都警備隊の証拠保管室で保管されているスズランと成分を分析しても、一致するはずです」
スティアナの顔は無表情に変わる。これはもう、完全に観念した顔だと思う。
「さらにエメリック令嬢が、自身の屋敷に仕える従者と不適切な関係を持とうとしたと、エール氏が指摘し、従者は証言したようですが。彼は僕と面談し、『エール氏から金を渡され、嘘をつきました』と告白してくれました」
今度はランジェロの鼻毛ぼうぼうの顔が、蒼白になった。これまた自分がやったことを暴かれ、フリーズしている状態。
「これらの証拠に基づき、決闘裁判を申し込むつもりですが、これをランジェロ・ジャック・エールとスティアナ・マレットは受けますか?」
ランジェロとスティアナは当然だが、首をぶんぶんと振った。
「言葉でハッキリ言っていただかないと、分かりません」
あくまで冷たくヴィンセント第一皇子が言い放つと、ランジェロが小声で「け、決闘裁判を受けることはできません」と答える。
「聞こえないです」とヴィンセント第一皇子。
「決闘裁判を受けることはできません!!」やけくそ気味にランジェロが怒鳴ると、エール伯爵が動いた。鼻毛ぼうぼうのランジェロを殴り飛ばし、エール伯爵がひれ伏した。
「お許しください、ヴィンセント第一皇子殿下。この馬鹿息子は、決闘裁判は受けず、代わりにそちらが提示する証拠がすべて正しいものと認め、どんな罰でも甘んじてうけさせていただきます」
必死にエール伯爵は……ランジェロの父親は、ヴィンセント第一皇子の怒りを鎮めようと努力している。それなのにランジェロは、こんなことを言い出した。
「ち、父上! 僕はスティアナにそそのかされただけです。非がない相手との婚約を破棄し、大金を失わず、家名を保つには、浮気をでっちあげるしかないと、言われたのです! この悪魔のような女、スティアナに!」
「ヒドイわ! 婚約者がいるくせに、私に色目を使ったのはランジェロでしょう! 渡り廊下の時だって、ケイトを突き飛ばしたのはランジェロなのに! 急に嘘をつきだしたから、あわせてあげたのに。あなたを助けるために、私は嘘をついたのよ! それなのに……」
スティアナがうわぁっと大声を上げ、泣き出した。これには双方の親族が色めき立ち、ランジェロの顔は青ざめる。ランジェロの父親が「この大馬鹿もの!」と、今度は彼を平手打ちし、再度床に額をこすりつけ、ひれ伏す。ランジェロの母親も飛び出し、同じようにひれ伏した。
「この痴れ者の言葉は無視いただいて構いません! どうか、どうかご慈悲を! 決闘裁判だけはお許しください!」
ランジェロの両親が、ヴィンセント第一皇子に懇願する。
決闘裁判は、被告側に「受ける」「受けない」の選択肢がある。「受けない」を選択する=敗訴同然に扱われた。今回であれば、偽証を従者に強要したことや私の名誉を傷つけたことを認め、先の裁判で手に入れたお金の返金、各種賠償など……エール伯爵家が傾くぐらいの多大な出費を行い、かつ名誉が失墜した上で、ランジェロにはなんらかの刑が言い渡されることになる。
「分かりました。『決闘裁判は受けない』、今の言葉に二言はないですね?」
「ございません!」
ヴィンセント第一皇子に対し、ランジェロの父親……エール伯爵はさらに深くひれ伏した。
「ではもう一人。マレット令嬢、あなたは決闘裁判を受けますか?」
今度はスティアナに、ヴィンセント第一皇子が鋭い視線を向けた。
嗚咽していたスティアナは「わ、私は、この男に」と、ランジェロに騙された悲劇の令嬢を演じようとするが、ヴィンセント第一皇子は冷徹に彼女を突き放す。
「決闘裁判を受けるのか、受けないのか。それ以外の返答は、一切求めていません」
完全に取り付く島もない厳しい声音に、スティアナの嗚咽も止まる。ここで余計な言い訳を並べれば、それこそヴィンセント第一皇子の逆鱗に触れるのでは――そんな空気が漂った。
「……う、受けません!」
「では私が提示する証拠を正しいと受け止め、罪を認めるのですね?」
「……はい」
もう、そうするしかないだろう。スティアナもまた、偽証、名誉棄損、ランジェロとの共謀など複数の罪に問われることになる。
これで終わりかと思ったら!
「僕が品種改良した水色スズランに毒があると、まさに僕への冒涜とも言える言葉を、マレット令嬢、あなたはしましたよね?」
これにはアマレット男爵夫妻が飛び出してきて、エール伯爵夫妻の隣でひれ伏すことになる。
「で、殿下、どうか、どうか、寛大な御心で、ふ、不敬罪に問うことだけはーーーーーっ」
震える声でアマレット男爵が懇願した。
不敬罪。
そうね。確かに。あの水色スズランを貶める発言は、イコールそれを生み出したヴィンセント第一皇子自体をも、貶めることになる。この乙女ゲームの世界では、不敬罪=死刑だった。
とはいえ。悪役令嬢だったら、いくらでも断頭台送りにされる。だがさすがにヒロインは、そうならないだろう。
そう思い、チラリとヴィンセント第一皇子を見ると……。
「僕に不敬罪を問うことを、止めろとおっしゃりたいのですか?」
凍りのような一言に、ついにスティアナも席を立ち、両親の横で「申し訳ございません」とひれ伏した。
その様子を見たヴィンセント第一皇子は「やれやれ」という顔になる。
「……今日は祝いの席です。よって不敬罪で問うことは止めておきましょう。ただし。言葉には気を付けてください、マレット令嬢」
そこでヴィンセント第一皇子は「皇都警備兵、二人を連行しろ」と命じる。するとカシャカシャと甲冑と剣が揺れる音を響かせ、沢山の皇都警備隊の兵士が広間に入って来た。これには驚き、小声で彼に尋ねてしまう。
「で、殿下。結婚披露宴の最中ですよ。せめて連行は、終わってからでも……」
「ケイト、君は寛容過ぎます。卒業式に、君はこの二人のせいで参加できなかったのですよ。社会へ出る前の最後の盛大な儀式なのに。プロムにだって出席できなかったのです」
そう言われると、そうだった。
こうしてランジェロとスティアナは連行され、ヴィンセント第一皇子と私は、披露宴会場を出ることになった。



















































