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黒猫探偵社   作者: 相沢 武久文
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針山の王

   黒猫探偵社 針山の王       相沢 武久文

 

 第一章

 街の灯が燈し始める頃、優介の仕事が始まる。男達は、寒い店内を、カモメが列を作る様に一列に一斉に机を拭く。

その光景を優介は嫌いだった。夏目優介は、ホストを始めて2年の新米ホストだ。「なんで寒い中カモメの様にしかも仏頂面で机を拭かなければならないんだ」「客商売なんだから楽しそうにやっても良い筈じゃないか」といつも思う。まあ、ホストの仕事は裏表がある仕事なのだ。優介はみんな自分の姿カッコばかり気にして外面ばっかだと思う。でも世間では、自分もその中の一人と思われているのだが、それは、理解していない。優介は頭が悪いのだ。優介は、大学に落ちて、何気ない気持ちでホストになった。学生時代は、そそこそこにモテていたので「女の子と喋ってお金をもらうのもいいかな」と思って軽い気持でホストになったのだがホストはそんな甘い世界では、なかった。優介よりかっこいい男もごまんといるしそんな中で仕事の成績が悪いのはホストクラブにはイジメも有るし恐い先輩もいる。女の子の前では明るく優しいが影では陰湿な二重人格が多い。

 優介は腕力がなかった。学生時代、同性にちょっかいされたこともある。優介は喧嘩事は苦手なので、みんなクソばっかだと言いたくなることが多い。その中でも同期のあきらは、嫌な奴だった。特徴は、173?くらい、日に焼けさせた肌にリーゼントでイケイケのヤンキー気取りの男で、すぐに優介を小突いてくる。あきらは仕事でなければ絶対に関わりたくない奴だった。

あきらは自分は喧嘩が強いと勘違いしていて、口癖はというと「女とヤりたい、女とヤりたい」と喚いている本当に品のない男だった。

だが、そんな男でも意外と趣味の悪い女もいるようで、それなりに客が付いているので、立場は、優介より上だった。

 そんなあきらも一目おいている先輩がいる。

 ベテランホストの高貴さん、身長178?位、ロン毛で茶色に染めている男性だ。ううちの安ぼったいホストクラブでは、群を抜いた美貌で指名する女の子の目の輝きが、他のホストとは違っていた。「何人もの女の子を泣かせているんだろうな」と優介は、思った。そして自分と比べて「このままホストを続けていけるんだろうか」と不安になる。優介はぐちぐちと不満を考えながら机を拭き終えた。


 第二章

 アーケードを抜けると住宅街に出た。

歌舞伎町の店までは、まだだいぶ距離がある。今日は、冬にしては、暖かいポカポカした日だった。アスファルトの隙間からトカゲが這い出している。良い陽気だったので冬なのに冬眠から覚めてしまったのかなと思った。「今日はなんか得なことが起こりそうな気がする」と思った。心地よい風が室外機の気流のように流れてくる。

 一匹の斑猫がこちらを凝視している。その猫は、ネズミを咥えていた。猫は、「もういらないからあげるよ」と言う様に咥えていたネズミをこちらに投げつけてきた。いい事とはこのことなのか優介にはわからない。優介は、小動物に何処か舐められている。いや気に入られているのである。優介は「勘弁してくれよ」と身を反らした。


 第三章

 店の裏から中に入る。廊下の壁にロートレックの印刷のポスターが飾ってあった。優介は、誰が貼ったかわからないそのポスターが好きだった。ロートレックもこんな安酒場みたいな所で絵を描いていたのかなと思うと胸が踊った。

 朝と違って肌寒くなってきたが客が来る前なのでケチな店長も暖房をつけた様だった。

今日はいっぱい客が来る気がすると優介は思った。

 店には数人のホストが来ていてこれから、多くの人が出勤して来そうだった。

 ホスト達の間でヒソヒソ声が聞こえてきた。「高貴さんの常連の美代子ちゃん、新人漫画家の赤城つばめなんだって。高貴さんいい鴨見つけたな。もっと俺もうまくやっとけばよかったよ」と聞こえてきた。

 あきらも悔しそうに聞いている。

 あの売出し中の新人恋愛漫画家の赤城つばめがあの赤ら顔の小太りの純朴そうな女の子だった事に笑いが込み上げてきた。


 第四章

そんなこんなしているうちに高貴が出勤してきた。黒い革のジャケットにサングラス。安いブランドの服装でも高貴が着ると様になった。

 こんな三流ホストクラブに人気漫画家が通うなんて浮き足立つのには自然な事だった。

 あきらは、妬みの視線を人に隠す様に向けていたが、隣にいた優介は気づいてしまった。あきらはそれを周囲に漏らさない様に部屋から出たいった。

 高貴は、そんなこと知ってか知らずかゴテゴテした赤い椅子にドスンと座った。ロココ調の椅子なのだが、安物で品のない椅子だった、

 それでも王子様が座るとそれなりに見えるのが不思議だった。

 ごますりの浩二がさっそく高貴に擦り寄ってきた。高貴は、タバコをふかしながら「まあ地道にやってきてよかったよ。可愛い子にしかテンション上がらない先輩もいるから」とケタケタと笑った。


 第五章

 夜八時半になってつばめが来訪した。地味なセーターに水玉のスカート。明らかに田舎からきた純朴そうな女の子の出立ちをしている。高貴は、ニコニコしながら「よく来てくれたね」と挨拶する。気合の入り方が伝わってくる。じっと見るあきらは明らかに妬みの目をしている。優介は「俺はなんでそういうものを見つけるのが早いんだよ」と思った。

 つばめは夜12時ごろまで店にいたが「もう帰らなきゃ」と席を立つ。今日も話がはずんで大満足との様子だった。高貴はつばめの目を見つめて「こんなに女の子を愛しく思った事はないよ。また来てね」と決め台詞をいった。つばめは、目を細めて、顔を赤らしめて「また来るね」と言って店を後にした。


 第六章

 閉店後、高貴はドスンと赤い椅子に腰掛けて「ブスのご機嫌取りも疲れるな」と吐き捨てた。後輩のホストが「商売だからしょうがないですよ」と慰めた。

優介はホストクラブの裏の面を知っている。つばめは自分の意志でお金を貢ぎに来るだろう。疑似恋愛、これがこの商売社会のルールなのだ、もう優介もそのことに慣れてしまった。


 第七章

 数週間後、有る噂が立った。高貴が本人は否定したが某高級ホストクラブが引き抜きに来ているという噂だった。このホストクラブなんか比べものにないギャラが支払われるだろうという話だった。高貴はこの頃すこぶる機嫌がいい。俺もこんなドブダメから抜けだす為には、なんとかしなくちゃいけないんだろうなとツブやいていた。


 第八章

 今日はどんよりと曇っている。今日は寝るのが遅かったから眠かったが、小鳥の囀りがうるさくて朝早く起きてしまった。自宅のアパートの狭いキッチンでハムエッグを作った。パンはガビガビの古いパンだが気にしない。ミルクで喉に押し込むと、半熟の卵をハムに絡めて全部平らげた。髪を綺麗にセットする。ホストの嗜みだ。歯を磨き服をビシッと決め今日は早めに出る事にした。このボロアパートも住んで二年になる「高貴は高級タワーマンションにでも住むんだろうな」と思う。アパートの階段がギシギシ音を鳴らす高貴は自分とは比べられない違いだ。


 第九章

 アパートから店までは、電車を乗り継いで少し歩かなければならない。優介は歩く道が好きだった。大好きな吉野家もあれば喫茶店もある。時々パン屋で出来立てのパンを買ったりもする。地元に戻った気持ちになるのだ。

 アーケードを過ぎると昔なんかあったような気がする。斑猫にネズミを投げつけられた場所だった。そう思った時、ぽちゃっと頭にひんやりする感覚がした。何だろうと擦ってみると鳩の糞だ。すごく気持ち悪かった。自分に何の恨みがあるんだと思った。時間がないので近くの喫茶店で水を借りる事にした。蛇口から水を流す「せっかく髪をセットしたのに悔しかった」だが、なかなか糞は取れない。

糞を取ることはできたが、髪はぐちゃぐちゃだった。店に悪いのでコーヒーを注文した。その時、四十くらいの男がすごい髪型をしているねと声をかけてきた。その男の名は町田という。「鳩に引っ掛けられちゃって」と正直に話すとすごい確率だねと笑って町田は答えた。

 しばらくすると店の鈴がコロンコロンと鳴って男の人が店に入ってきた。優介は思わず、「アッ」と声を上げた。何とそこには高貴さんが立っていたのだ。高貴さんも驚いて「奇遇だな。お前もここによく来るの」と訪ねてきた。優介は「いやここには初めて来たんですよ」と話した。高貴は、気まずそうな顔をしていた町田を見つけると真剣な面持ちになってアンジェリュムシンの方ですかと訪ねた。町田も「そうだけどあなたが高貴さん」と聞き返した。「そうです私が高貴です。僕はあなたのホストクラブに入れてもらえるんなら何でもしますよ」と返事をした。「そういうことか」と優介は、思った。引き抜き抜きの現場に来てしまったのだ。町田は、「まあ座って、こちらの条件は一つ、赤城つばめを連れてくる事。それだけです」と言った。高貴は、「それは、解っています」と答えた。話は、20分くらいで済んだ。町田は、帰り際に言った。

「鳩の糞のお兄ちゃんあんたもホストなのあんた面白いからがんばんなよ」と言って帰っていった。

 高貴は、「変な所を見せてしまった」なと詫び、「俺はこんな所で終わる人間じゃないんだ」と息巻いた。その日は外では木枯らしが鳴いていた。


 第十章

 その日の八時半ごろつばめが来店した。もう素朴な彼女は、もういない、赤い口紅とアイシャドウばっちりの目、小太りなのを除けばみる影もない格好だ。「グッチのバッグを買っちゃったの」と自慢している横には高貴が控えていた。あきらは、イライラして自分の客に集中していなかったが、覚悟を決めたのか、高貴を横目で見ながらつばめの横に座った。「僕も暇だから同席いいかい」そして明らかに媚びる様に肩を抱いた。つばめは顔を赤らめたが控えていた高貴の鋭い怒りに満ちた声に辺りは凍りついた。「つばめは、俺に会いにこの店に来てんだよ、三下は、向こうに行けよ」あきらは負けじと「それは、つばめちゃんが決める事なんじゃないんですか。つばめちゃん、騙されちゃダメだ。影でこの人『ブタ漫画家つばめ』ってコソコソ笑い物にしているんだよ」と声を荒げた。つばめの顔が強張る。「俺がそんな事言うわけないだろ。俺を貶める為の嘘を語るなよ」とあきらの胸ぐらを掴んだ。

 優介は、「どっちもつばめを利用しようとして要るんだけどな」と思ったが、とりあえず両者を止めに入った。あきらは、興奮して優介の頬を拳で殴った。頬に熱い熱湯をかけられた様にジンジンと頬が疼いた。弱い者は、自分よりも弱い者を叩く。優介は床に転がった。

 高貴は、つばめを庇うと、三、四人の強そうなホストにあきらは、連れて行かれた。つばめ「本当にそんな事を高貴君は言ってるの」と動揺して聞いた。高貴は、「俺がそんなこと言う筈ないじゃないか信用してくれないの」とつばめにボディタッチをした。つばめは「高貴君がそんな事いう訳ないよね」と安堵の声を漏らした。

 その後あきらは裏路地でボコボコに殴られて捨て置かれたらしい。もうあきらは、この店にいられなくなるだろう。高貴とつばめは、その夜、都内の高級ホテルに入っていった。


 第十一章

 翌日、優介は鏡を見ると青く腫れ上がった顔が写る。「あきらめ、本気で殴りやがって」思っただけでもあきらに腹が立った。優介は頬がヒリヒリと痛むので牛乳を飲み難い。本当にパンを口に放り込むと駆け足で駅に向かった。冬も暮れに差し掛かり、皆んな忙しく歩いていた。優介は正月は「地元に帰ろうかな」と思った少しは気持ちは軽くなった。電車に乗ると色んな服の人が座っている。カナブンが蛍光蝶のように綺麗だ。「皆んな自分の人生に必至なんだろうな」とつくづく思う。物思いに浸りながら自分の降りる駅についた。ホストクラブに着くと今日は早いのか高貴がいた。タバコを吸いながら、「よう、昨日はすまなかったな」と優介の腫れた頬を見ながら言った。しばらく雑談をした後、おもむろにそうそう、「そうそう俺このホストクラブ辞めて別のホストクラブに移るんだわ」と高貴は切り出した。

 前の町田さんのホストクラブですかと優介は尋ねた。「そうそうあのホストクラブ。ブタ子のお陰で俺にも運が向いてきた」とご満悦な顔を見せ手を広げた。優介は、「またそんなこと言うと告げ口されますよ」と冗談を言った。フゥーと高貴は、ため息をすると、そうだお前もそのクラブ来いよ。俺が手引きしてやるから」と言った。「高貴さん一人で行くのが怖いから手下連れて行きたいのかな」と思ったが、それは、願ってもない事だった。あきらがこのホストクラブを追われても行きたい場所なのである。恐い気持ちもあったが「ぜひお願いします」と答えた。高貴の気まぐれで高級ホストクラブに入れる事になった優介。これから優介にどんな事が起こるのだろうか。


 第十二章

 アンジェリュムシンは、高層ビルの最上階にある高級ホストクラブだ。有名人や著名人も密かに通うという噂もある秘密裏の高いクラブ店である。そのビルの中には、高級レストラン、カフェなども入っている、いままで自分達の居た大衆店とは格が違うお店で働く事になる。優介は萎縮していた。高貴もビビる訳だと優介は思った。家具も椅子も高級品ばかり。一際目立つ所に面白い絵が飾ってある。作者の名前は「マグリット」これは本物かなと優介は思った。ホストたちの質も良い。実に品がある。


 第十三章

 次の日には、早速つばめが来店した。つばめも店の格式に驚き「場違いじゃないかしら」と落ち着きなさそうだった。しかしエスコートした高貴は、「つばめちゃんは選ばれた人なんだから」と優しく微笑んだ。シャンデリアのある大広間から赤い絨毯の階段を登るとVIPの部屋にたどり着く。ここは選ばれたホストしか入れない場所でホストからは開かずの間と呼ばれていた。掃除の人も、特別な人がするようで薄暗いその部屋のその奥はどうなっているのか下っ端ホストでは誰も知らない様だった。

 町田は僕のことを覚えてくれていたが前会った時と違って厳しい人だった。高貴のことも、赤城つばめを連れてきただけでもう用済みだなと思っているらしく、「高貴は何年持つかな」と陰口を漏らしていた。


 第十四章

 このクラブでは、町田の言う事は絶対だ。優介は町田が此処のクラブのオーナーだと思っていた。しかしオーナーは別に居るらしい。しかし誰もそのオーナーを見た事はない。野田はそのオーナーを崇めてるらしい。町田が「針山の王は」と呟いたのを聞いた者がいる。その事から針山の王と言われている人がこのクラブのオーナーではないかと噂になった。だが針山の王とは何者か何故その様に呼ばれているのか誰も知るよしもなかった。


 第十五章

 優介も何人かの客を接待してようやくこのクラブにも慣れてきた。住めば都とは、よく言った者で何とかなるものである。今日も三、四人の学生をもてなす。「今日も寒いねえ」と愛想良く合いの手をして盛り上げようとしている。客の一人に凄く馬の合う子が居た。あまりホストクラブに慣れていない子だ。でもそれなりに可愛い。吉原かな子という子で都内の大学に通う品のいいお嬢様風の子だった。喋っていてとても楽しい。いつしか優介の常連さんになっていた。はじめのうちは疑似恋愛のつもりだったのに、気付かぬうちに、疑似恋愛でない恋愛感情が生まれてきてしまった。かな子が来る日は、ウキウキで心が踊る様だった。ホストとしては失格かもしれないが優介は自分を我慢出来なくなりかな子に愛の告白をした。かな子は、静かに息を細めていう。「私は、純愛からしか結婚しないの。命がけの愛しか嫌なの。私以外の女性を好きにならないでね」という。こんな女性が今時いるのかと思ったが、自分だけを見つめていてくれる事がとても嬉しい気持ちだった。

 その日のうちにかな子と結ばれた。かな子の寝顔を見ていると幸福な気持ちになる。

 それからは、仲間に誘われても風俗に行かなくなった。AVビデオでさえ、申し訳なく感じられた。かな子にAVビデオを見つけられるとかな子は大激怒した。

しかしなかなかやめられず我慢できずに罪悪感に苛まれながら、隠れて見た。それを知らないかな子は、気分のいい顔をしている。

「僕は純愛主義者だ。かな子しか愛さないしかな子しか抱かない」修行僧の様に自分を律した。


 第十六章

 寒い冬も終え、春になっていた。東京は、だいぶ暖かくなっていて夏になったみたいだった。朝からカラス達が生ゴミを漁っている。かな子とは付き合って5ヶ月目になっていた。僕に優しい彼女は、時々家で料理を作ってくれる。時代錯誤だが「将来は専業主婦になりたい」という彼女は料理が上手かった。でも僕の給料では専業主婦にさせられないのは解りきった事だった。時々なんでホストの僕なんかと付き合ってくれるのかなと思う。彼女は、まあまあいいところのお嬢様だろうし中堅大学の学生だ。高卒のホストの自分では不釣り合いに見えた。「いや真実の愛なんだ。生まれなんて関係ないんだ」と自分に言い聞かせる。かな子もそんな素振りを微塵も見せなかった。世間からは、いいカップルに見えるだろう。優しいかな子でもかな子の純愛信仰は、徹底していて「今日は、何々記念日今日は何々記念日」と定期的に愛を確かめさせるように記念日を作りたがる。盛大に祝わないと大怒りするので優介はストレスが溜まった。しかし、かな子は、それで安心な顔をする。優介は疲れた労働者の様になった。何か体の養分が吸い取られているような感じがする。そして知らず知らずのうちにかな子に支配されている様な感じがした。しかし、彼女と結ばれてしまうと忘れてしまうのだった。

かな子は前より若々しくなった気がする。顔の張りも前よりピチピチになった。髪もツヤツヤしている。これが恋の力なのかなと優介は思った。

 優介は仕事上女の子に愛想笑いをしているが精神的には乾いている。この先ずっと表面笑いの顔を晒していくのだからちょっと憂鬱な気持ちになる。そして今日も仕事が終わった。

 第十七章

 ビルの廊下を歩くとレストランが見える。「金持ちが良いもん食ってんだろうな」と思いながら通り過ぎると、ウェイトレスが「キャー」と叫んだ。灰色のネズミが一直線に此方に向かってくる。新聞を読みながらレストランを出てきた男性にぶつかった。男は、ビックリして足を滑らせすっころんだ。優介とネズミは、目があった。ネズミは「自分の役目は終わった」と言わんばかりにスタコラ逃げていった。

 優介は「大丈夫ですか」と男に触った。体に電流が走った。そこで懐かしいなんか昔こんな出来事が有った気がして、不思議な気持ちになった。男も何か感じたのか、「イテテ。あれデジャヴかな」と頭をいぶかしがった。そう彼との最初の出会いは、こんな感じだった。

「大丈夫ならもう行きますね」と優介は、立ち去ろうとすると男は、「待って待って、こんなことは久しぶりだな。多分君とは会うべくしてあったんだ。この世は起こりうる事しか起こらない。偶然なんて事は無い。占いのように。ちょっと話しでもしませんか」と男は言った。

優介は初めの違和感が気になったのでお茶を飲むことにした。

 高級レストランから出てきたのだから金は持っているのだろう。しかし格好は、黒づくめで野暮ったく歯磨きの粉の染みもつけていて上流階級の人には見えない。新聞をゴミ箱に捨てると男はコーラを頼んだ。徐に優介は最初に触った時なんか感じませんでしたかとストレートに聞いた。

男は、君は、「これは昔見たことがあるな」とか「やった事があるな」と思ったことは、ありますか」「確かアインシュタインの相対性理論にも、時空の歪みがあるとか無いとか言ってたっけ」「実に不思議だなぁ」むにゃむにゃと独り言を喋り始めた。話が通じていないと思った。

優介は話をさえぎった。「僕は、あのビルにあるホストクラブでホストをやっている夏目優介という者です。あなたは、お仕事は何をなさっている人なんですか」「貴方には何か特別な同じ匂いを感じるんですが、何か初めて会った気がしない」

 男は、「貴方がそう思ったのならばそうなんでしょう」と頷き「僕の名前は、夢野無相占い師をやっています」「まあ名前は偽名なんですがね」「大抵こういう職業の人は名前を隠す。今日は仕事でこのビルに来たんです。そうか、このビルのホストさんなのか」

「それは奇遇ですね。僕もそのホストクラブに用があったんだよ」と笑いなかなか興味深い所でした。と満足そうだった。優介は「え、うちのホストクラブがですか」占いなんかするホスト居るのかな。しかし優介の直感がピーンと働いた。ただのホストがわざわざ占い師を呼ぶ訳ないと思ったのだ。「もしかして針山の王ですか」夢見の顔が明らかに変わった様に見えた。「依頼者の内容は明かせませんが貴方は、誰もが見ない所を見て誰もが開けない扉を開けてしまう人の様ですね。そういう人は人が普通に苦しまないところで苦しみ、人が喜ばないところで喜びを感じる人生を歩みますよ。貴方は支配されないでしょうが。支配されていた方が楽な時もある。でも貴方はそれでも考えてしまうのだろうね。深いため息の後、何か私と会ったからには、悩み事か何かあるんじゃ無いですか。いや、大抵の人は気づいてないか。でも貴方は、何か気づいている筈だ」

 優介は、何かあったなと思った。そしてかな子のことを思った。僕には彼女が居るんですが束縛が強くて、いわゆる純愛主義と言いますか。ちょっと困っているんです。と話した。

 夢野は、純愛も否定は、しませんけど、程度を知らない純愛主義者は愛という名のもとに相手を支配して管理して安心したい気持ちがあるのかもしれませんよ。もしかしたらその子は悪魔かもしれない。ボソッと夢野は話してから沈黙した。

 優介は笑いながら悪魔なんているんですか、彼女は悪魔なんかでは無いですよと弁護士た。

 夢野は、まあ彼女が悪魔かどうかわからないけど、一般に力のある者は思想や想い込みで人を支配しようとします。それが一番簡単だし効力もあります。優介さんも良く考えてください。考えることが重要です。そうすれば解決することもあるでしょうと夢見はいう。変わった人だなと優介は思ったがそしてまた会うことにした。運命の様なことを言われたらまた会いたい気持ちになったのだ。こういう風に宗教団体に入ってしまうのかなと思ったがこれも夢野が言う考えろと言う範疇なのかもしれない。


 第十八章

 仕事がないのでかな子の家に行くとかな子がビーフシチューを作って待っていた。「優介ビーフシチュー大好きでしょ」と笑って言った。優介はこんな可愛い子が悪魔の訳ないと思った。上着をハンガーにかけつつ「変な占い師に遭遇しちゃってさー」と話しかけた「そうなんだ」とかな子が話し返した。「なんだったかな、夢野て言ったかな」優介が言うと、一瞬かな子の顔が凍りついて「夢野無相に出会ったの」と怖色で言った。なんで名前知ってるのだろうと聞き返すと「なんでもないの」とはぐらかされた。「これからも会う人だ」と言うとかな子は鬼の形相になって怒った「占い師なんて怪しいからもう金輪際会わないで。お金を取られるか宗教に入らせられだけだよ」と合わないことを誓わされた。優介は「何も考えなくていいの、私を愛していればいいの」と諭されいる気がした。


 第十九章

 町田は、イラついて机を叩いた。町田の恫喝に幹部のホスト達が怖気付いた。「今は中国なんだよ」上海か香港にアンジェリュムシンの二号店を作らなきゃ時流に遅れてしまうんだ。一号店だってジリ貧なんだ。欲望渦巻く中国なら俺らの可能性は、いくらでもある。ホストの幹部は、「社会主義の国に我が店の様なホストクラブが需要があるのでしょうか」と懐疑的に言った。

町田は「社会主義なんて絵空事だよ」と言って「フン」と鼻を鳴らした。近代民主主義だって200年から300年くらいの感覚しか出来てない支配の形の一つに過ぎないじゃないか」彼らの指導層は太古の昔から同じ支配構造を望んでいる。民主主義なんか一時代の流行り病とでも思っているんじゃないか。これからは、その支配層の奥様御令嬢がターゲットだ。この業界は人間の欲望がある限り必ず儲かる。開かずの間の住人もきっと有効活用できるのに町田はウロウロ歩きながら「針山の王は、外に出て行きたがらないんだよなー」と爪を噛むと町田は「王は何を考えているんだ」と椅子にドカッと座った。

 町田は、独身を通している。女遊びも、散々してきたしこれからもするつもりだ。美味いものを食べ高い酒を飲む。他人に厳しく募金なんて頭の悪い奴がやる事だ。世の中には勝者と敗者が存在する。支配者側に居なきゃダメだと言うリアリストだがオーナーには従順なのである。しかし、事実上このホストクラブは町田が全部仕切っていた。


 第二十章

 町田には、女が居たのだがまた女を捨てる。女は私の何が悪かったと泣きついたが「もうお前に飽きたんだよ」と平手打ちした。女は、「この悪魔。あんたは絶対幸せにはならないわよ」と泣き叫んだ。その女を無視して町田は、無表情でベンツの後部座席に乗ると何もなかった様に運転手に走るように命じた。街の街頭を眺めながら徐に町田は、千葉の女はどうなったと運転手にきいた。運転手は「ハイ、5歳の娘さんと共に元気に暮らしてます」と答えた。「そうか」と町田は目をまた街頭に向けた」その5歳の娘は認知していない町田の娘なのだ。汚いやり方で認知しなかったが、陰でお母さんの仕事の世話やら密かに面倒を見ているのである。「娘さんに会いには、いらっしゃらないのですか」と運転手は聞くが「会う訳ないだろ」と寂しそうに言った。「この悪魔め」捨てた女の捨て台詞が夜のネオン街にこびりついて離れなかった。


 第二十一章

 優介は、しばらく夢野に会っていなかった。かな子との誓いが気になっていたし会うとかな子との関係が崩れてしまう気がしたからである。普通の人ならこれで会うことが無くなってしまうところだが優介の心の核となる部分が何かざわついた。無性に夢野に会いたくなった。コンビニの店の近くに信号がある。車は一台も走っていない。赤信号だから優介はそこで待っている。信号無視して渡ってもいいじゃないか。と思ってもルールだから規則だから待っている。でも渡ってみないと見えない景色がある。夢野が言ったよく考えなさいと言う言葉が思い出された。勇気を振り絞って夢野に会いに行ってみた。夢野は、笑って出迎えてくれた。


 第二十七章

 夢野に会っているのは内緒にしていたが、かな子は、この頃何か落ち着かない。しきりに僕の様子を伺ってきた。「今日何か変わった事があったんじゃないの」「私の友達が優介のホストクラブに行きたがっているのよ」と言ってきた優介も「今度連れてくればいいじゃないか」と答えた。その友達とかな子はとても仲が良く頻繁に連絡を取り合っている様だった。「その友達とはどこで知り合ったんだい」と聞くと大学のサークルで知り合ったらしい。「良い子なのよ、純情だし可愛いし」優介は、類は、友を呼ぶんだなと思った。

 数日が経ち、土曜日でホストクラブは混み合っていた。白とピンクの花柄のプリントをした背の低い小柄な女の子をかな子が連れてきた。金針よう子と言う女の子だった。話してみて優介は「ギョッ」とした。かな子のコピーかと思う程二人は、似通っている。外見や服装は、全然違う。今までは分からなかっただろう。でも今では良くわかる。すごく気持ちが悪かった。

 二時間は、いただろうか二人は帰っていった。誰も居なくなるのを見計らって、エレベーターでかな子は「優介をどう思った、何か感じが変わらなかった」とよう子に訪ねた。よう子は優介を初めて見たわけでは無いらしい。少し考えながら「十中八九、夢野に会ったわね。彼私を見て目つきが変わったものあの人の心の流れが変わり始めている。あの人が変わったら強敵よ」と唇を震わせた。まあでも単純な人なら性欲で支配してしまうのも良いんじゃないと女は言った。

 かな子は「冗談じゃない。話が違うわ、美味しい鴨だと思っていたのに。危険な賭けはゴメンだわ。バカで純情な男だと思っていたのに」と悔しがった。よう子は「時としてまっすぐな人が変わるのが一番怖いのよ。それに彼は偶然かもしれないけど自分の助けでに会った。私はもう関わりたくないわ。でも貴方は、まだ彼を監視してもらわなければならないわね。でないと世界の均衡が崩れてしまうから」とつっけんどんに言った。かな子は「貧乏くじを引いたわ」とまた悔しがった。


 第二十三章

 優介は、夢を見た。真っ暗な闇の中にそれは居た。球体の液胞の中にオタマジャクシの幼虫の様なそれは、真っ暗な闇の中に浮いていた。どこを見渡しても真っ暗な闇だった。

 その幼虫は、物心ついた時から一人だった。なんの存在も無く何も無い無限の時間が続いていた。暇に耐えかねて幼虫は蟻を潰しては生かし潰しては生かしと無意識に繰り返した。

 苦しみに耐えかねた蟻は、あらゆるものを苦しめる地獄を作った。それを幼虫に見せることで自分達から気を逸らそうとしたのだ。幼虫はそれを見続けた。蟻は、幼虫が飽きない様にあらゆる苦しみをあらゆる物に課した。

 膨大な時間が流れ、生物は苦しみ抜き絶望しながら生きていた。蟻は無慈悲に働き続けて苦しみの時代の中ある道化師が現れた。こんな地獄より天国の方が楽しいですよ。天国を試してみればどうですかと道化師は言った。幼虫は地獄を見飽きていたので天国を作った。確かに天国の方が面白い。それで天国ができた。そして生き物は苦しみから解放された。だから道化師は言う、我々は地獄より天国の方が楽しいと言うことを、証明、創作し続けなければならないのだ。幼虫を飽きさせない為に。この世を地獄にしないように。

 そして幼虫は、望遠鏡を作る。見てみると遠い向こうに自分とそっくりなものが見える。もっと遠くを見てみると何重にも無数に同じものが見えた。そこで映像は、途切れた。そして「この話をいつか世に広めなきゃいけないんだよ」と言う声がする。しばらくして「広めなくてもここで忘れても良いじゃないか」と言う声が聞こえて目が覚めた。俺に何をさせたいんだろうと優介は、思った。


 第二十四章

 一週間は経っただろうかホストクラブに行くと、高貴は苛立ちを隠せない顔をしながらタバコを吸ってホールの階段に立っていた。顔色は、目は青白く隈が立っていてそれを化粧で誤魔化している。辺りの人は、何事も無かった様に平静を通している。高貴の引き攣った姿が痛々しかった。

 その夜、つばめが店に来ると、高貴は、犬か馬のように、すり寄って行ったがつばめは汚い物でも見る様に見下した顔をした。つばめがタバコを出すと高貴は、待ってましたとばかりに火をつける。「チッ」と舌打ちをしてタバコを吸うつばめ。優介は痛々しくて胸が張り裂けそうになった。しばらくすると町田が出てきて、つばめちゃんはVIPルームに来たんでしょと階段の方を指さした。つばめはさも当たり前かのように咳を立ち開かずの間に消えていった。高貴は泣きそうな顔を辺りに見せない様に立ち竦んでいた。周辺は「こんなことになると思っていたんだ」とか「やっぱりな」とか陰口を言う。今まで好意的だったホストでさえ離れて行った。開かずの間からは何かしらの視線を感じる。全然興味がない見下した視線。まるでホームレスを見る一般人の様な。優介は黒い朧げな種類の目を感じて気持ち悪くなりトイレに駆け込んだ。皆んな何も知らない振りをしてその夜もふけっていく。


 第二十五章

 東京もコロナで人影がいつもより少ない。優介は、物悲しさを感じながら夢野を待っている。夢野とは久々に会う。アイスコーヒーのストローを振り回しながら喫茶店のテラスを見ていたら鳩が二、三匹やってきて忙しそうに啄んでいる。至って平和だ。夢野は、二、三分遅れて来た「ごめんごめん遅れてしまいました」と言う彼の服は相変わらず黒尽くめだった。少し白髪のある髪は、寝癖がついて少し無精髭が生えていた。そんなことを気にも留めていない様な彼は、コロナなんですけど、マスクはあまり好きでは無いんですよ。人の顔をマスク越しに見るのは、何かを隠したがっているんじゃ無いかと気になってしまうんですよ。職業病ですかねと笑った。そんなものなんですかと優介も笑った。

「外人さんでコロナの注射打たない人が居るらしいですよ。何考えているんですかね」と優介は言った。夢野は真面目な顔をして、僕も注射を打ちましたけど、アメリカやヨーロッパでコロナの注射を打たない人がある程度いますよね。少数ですけど。日本人はなんで、と思うかもしれないけど、ヨーロッパ人の誰も信じない一応疑って観ると言う考え方を持っている人がいるのは、支配されにくい人間であるのかもしれないですよ。日本人は、支配されやすい国民性なのかもしれませんね。と語った。優介はそんなもんかなと思ったがまあそんな事より、仕事の方はどうなんですかと優介が聞いた。占い師の友達なんていないから興味が有ったのだ。

 占いには命術、卜術、相術の三つに分類することができるんですよと夢野は言った。僕がやっているのは卜術と呼ばれるものでタロットカードを東洋風にアレンジしたもの自分で作って使用していきます。やっぱり自分のイメージが大切ですから。占いは、未来をしれるんじゃないかと言う人の思いがこの世界を外れて漏れ出したものを見る物だと僕は思います。僕はその見たがるひきこもごもの人を見たくてこの道に進んだんです。と夢野は言った。「それで針山の王も見たんですね」と優介は聞いた。まあそう言う事ですと夢野は答えた。僕も占って貰おうかなと優介が言うと夢野は、占う時が来れば、占う事もあるでしょうと笑った。

 なんか夢野には壮絶な過去がありそうな気がする。でもその事は聞かない様にして雑談を話して帰った。


 第二十六章

 この頃さっぱりかな子と合わなくなってしまった。気付かぬうちにかな子の事を考えなくなってしまってる。昔はかな子の記憶でいっぱいで他のことを考えられなかったのに。でも朝の鳥の囀りとかシーンとした朝の冷気など昔感じていた感覚が戻ってきた気がする。不思議なもので、食欲も目覚めもすこぶる良かった。久しぶりにかな子の携帯に電話をかけてみる。しかし非通知だった。そればかりかかな子のマンションに行ってみると、出て来た青年の学生に「知らないですけどもう引っ越しされた様ですよ。今は僕が住んでいるんだけど」つっけんどんに言われ何が何だかわからなくなる最後の時期に、かな子は自分には、意味の無いものをみる様な目で僕を見ていた事を思い出した。それが彼女との最後の思い出だった。彼女が何者で、何の為に僕に近寄ってきたのかは解らない。でも彼女が時々言っていた「この世は色々複雑なの。敵の味方も味方の敵もいるのよ」とボソッと言ったことが頭にこびりついている。


 第二十七章

 このホストクラブではもう高貴には後がなかった。高級ブランドで赤一色に着込んでいるがケバケバしいだけで誰も見ていない。もう高貴には、つばめしか居ないのだ。無視するつばめに執拗にまとわりついて行くがつばめはすぐに開かずの間に消えていく。高貴は呆然と立ちすくんでいる。一時間後つばめは開かずの間の階段を降りてきた。高貴は期待した目でつばめを見つめる。つばめは「高貴、私の相手をして欲しかったら私の尿でも飲んでみてよ。その位できるでしょ」と笑いながら言った。高貴は、少し考えたが顔を赤くして「解った飲むよそれが愛の為なら」と言って一気に飲み干した。

すると開かずの間から一斉に笑い声がした。つばめは「賭けは私の勝ちね。町田さんこれで針山の王に私を会わせてね」とニヤリと笑った。つばめは「高貴、もう向こうに行って良いわよ」と言うと高貴は完璧に精神をやられたかのように後ずさった。町田は「高貴はもうダメだな」とボソッと言った。それ以来高貴はクラブに来ることはなかった。


 第二十八章

 その日は町田がホストクラブを早く閉めホストを早くに帰していた。優介は家の鍵をホストクラブに忘れてきてしまったのでホストクラブに帰ってきた。ロッカーからエントランスに出ようとする。そこである事を発見する。町田がホストクラブに女を連れ込んでいたのだ。それでホストを早く帰らしていたのかと思った。見つかったら何をされるかたまったもんじゃない。優介は階段を駆け上がった。開かずの間のドアノブを触ると鍵が空いていた。しょうがない、ひとまず此処に隠れようと身を屈めながら部屋に入った。すごい淀んだ空気と高級そうな優介の今まで嗅いだ事のないような高級香水らしい強烈な匂いがした。椅子も柔らかそうだ。部屋にはブラマンクの風景画が飾ってあり額はゴテゴテ彫刻してあった。町田と女の戯れ合う音が聞こえてくるので居た堪れなくなって部屋の奥にある道に進んだ。優介が進むと針が一本転がっており足に刺さった。こんな所に針がなんであるのだろうかと思ったが一本や二本じゃなく複数落ちていた。おかしいなと思う優介は針を辿ると壁に針が詰まっている。優介はそれを触ってみると隠し部屋があって鍵はかかっていない。思わず其処を開けてみると優介は「ギョッ」とした。部屋一面針だらけカーテンも絨毯も針でギラギラ鈍く光っていた。薄暗い部屋の中で『それ』は居た。色白の肌、黄色に染めた髪。そして全身に針が刺さった全裸の男が虚げな目をして横たわっている。一瞬薬中患者かと思った。モゾモゾと動くとその男は、ニヤリと笑いを浮かべ「新入りかい」と喋った。

 優介は異様な光景に度肝を抜いたが針痛くないんですかと思わず聞いてしまった。針尽く目の男は「痛いよだから良いんじゃないか」と微笑んだ・異様な光景に優介がだじろぐ

のを知ってか知らずか針尽くめの男は優しめな顔をして話した。

「痛みは、刺激だから時として快楽に変わることもあるんだ」「世の中はつまらないから、針を刺して快感を得る」「君もやってみるかい」「至高の快楽を楽しめるかもよ」とイッた顔で言った。

 優介は思った。「そうだこの人が針山の王なんだ、だから針に固執しているんだ」だけどなんでこんな暗い部屋に一人で居るんだろうと思った。この人がつばめを虜にしている張本人なのだ。優介は侮れないなと思った。

 「町田は、君に気付いたみたいだな」と針山の王が語るとガチャとドアが開き町田が駆けつけてきた。「なんでお前がこんな所にいるんだ」「お前なんかが会ってはいけないお方なんだぞ」と怒鳴った「すいません」と優介が謝ると町田は苦虫を噛むように「高貴がいなくなってお前も追い出してやろうと思っていたがこれで外には出せなくなったな」「いいか、此の事は誰にも言うなよ。そうすれば然るべき地位をお前に用意してやる」とため息混じりにいった。そして針山の王を丁寧に部屋の奥に入れるとドアを閉めた。優介は開かずの間に入れる数少ない一人となった。そして開かずの間の住人の素性を知る。なんとそのメンバーは、若手の女性漫画家やアダルトビデオの女優などだった。町田は、ホストに溺れさせた女性漫画家を引き抜きまた色恋で女を整形させアダルト女優にさせビデオに出すプラントそれが開かずの間の正体だと優介に教えた。針山の王はその中でもごく僅かな人にしか会わせないらしい。経済ヤクザらしい人もちらほら出入りしていた。みんな針山の王の何かに惹かれるのか集まってくるらしい。

 欲に塗れた女が知らず知らずに買われて行く。用無しにならないように必死になっている女。流れるままに何も考えないで身を捧げて行く女。これがこのホストクラブのカラクリだった。だから高貴などを使って新人漫画家を欲しがっていたのかと優介は合点がいった。それなりの利益が生まれている様である。

優介はたびたび町田に脅されて「お前はもう此処に身を埋めるしか生きていけないんだぞ」と脅された。


 第二十九章

 プルルルと携帯の音がした。優介は、昼食を食べていたがなんだろうと携帯に出た。早口で大声の男の声がする。電話の主は「夢野は其処に居ないか、居場所は知らないか」と悲壮な声で叫んだ。夢野に携帯番号を教えていたので夢野に何かあったのかと優介は思った。でも電話の主は誰なんだろう。電話の主は「待てよ」と声を発すると、しばらく無言になった。電話の主は四、五分経つと冷静な声で「夢野はまた正気を失ったか。でも誰かに連れ去られていないだろう。良かった」と話した。そして優介に「えーと、夏目優介さんですよね。電話帳によると」「夢野は無事でしばらくしたら夢野から連絡がいくと思いますので心配しないでください」「取り乱してすいません。物事は、情報が無いとね」と丁寧に言った。感情的だが冷静な物腰だった。あなたは、誰なんですかと優介が聞くと「司馬草太探偵をやっています」「何か困ったらお見知り置きを」と電話が切れた。夢野の知り合いは変わっているなと優介は思った

 数日が経って夢野から連絡があった。それで会うことになった


 第三十章

 夢野は前よりげっそりと痩せていた。優介が気遣うと夢野は「時折病んでしまうんですよ」「知られたからには、全部話した方がいいかな」と優介の目を見つめた。

 夢野は静かに話し始めた。僕が18歳の時頭の中に人の声が聞こえるようになったんですよ。みんなに病気と言われ病院にも行きました。でも声が聞こえなくなる事は今もありません。頭の中の声が熱を頭に流してきて頭がガンガンするので僕は、気孔の練習を独学で始めたんです。気孔で気を流せば声も相手の気も無くなると思って気を流すイメージトレーニングをしていました。気を出したり入れたりする体感は、できる様になったのですがいくらやってもそれだけ何年やっても何も意味の無い事でした。その時僕は思ったんです。要は心なんじゃないか。人の心に何かあるんじゃ無いか。その生の心を知るために占い師になったんです。

 頭の声が言うんです。「僕らはコンテンツなんだよ」「僕らみたいなのも居なけらばならない」ってそれで僕は此処に居ます。そしてあなたに出会った。でも貴方は今のクラブを辞めた方がいい。あのクラブは長くない。破滅に向かうでしょう。針山の王は長命を全うしようとは、さらさら思っていない自分の命までも体に針を刺す様に楽しんでる。

あの電話は何かの縁だと思いませんか。僕がある探偵事務所を紹介するので其処で働けば良いと思います。気まぐれ屋ですが、そんな悪い人でもない。それに貴方は特別な何かがある。そう言う人を望んでいる男ですどうか考えてみてください。その探偵事務所で貴方は人間の心の闇を見ることになるでしょう。貴方はそれを呼ぶ人間と占いで出ていました。優介は僕を占ったのかと思った。


 第三十一章

 優介はボーッとしている。夢野は探偵事務所を薦めたが町田が許す訳が無い。

 今日ホストクラブでパーティーがある此のクラブもとうとう中国に進出するらしい。中国人らしい人もチラホラ居る。黒い服を着てサングラスをしている。一人の中国人が中国語で言った、良いクラブだ人も良い上海でも成功するだろう。

 日本人は、自分たちをサムライサムライ言うが所詮は使われる兵隊に過ぎない精々仕事をこなして支配される事に気づかないで、優しいお人好しでいればいい。

 同僚も一緒になって酒を飲んだ。

 誰も中国人がそんな事を言っている事に気づいていない。曇り空のその夜は、風の強い日だった。そんな日だったが曇りの空とは対照的に爛々と明かりを灯し、ビルは不夜城と化していた。客は、良いワインを飲みうまい料理を食べ、少しでもコネを作ろうと必死だった。


 第三十二章

 混み合う人の中で客を接待する優介は、不思議な事に気づいた。

エレベーターが店には上がるのに下につまり店から外に出れないように細工されているのだ。店の人は「機械の故障かな」「まあパーティーが終わるまでに直せば良いだろう」と楽観していた。でも小動物は、何か気づいているようだった。厨房のネズミが外に逃げようと小刻みに動いている。カラスが警戒音を鳴らして迂回して行った。気づいていないのは人間だけだった。一人優介を除いては。

 優介はビルの非常階段を何気なく見てみた。鉄の非常階段が壊されていて途中から無く壊された鉄の棒がゆらゆら風に靡いていた。

 優介の顔に冷や汗が滲んだ。優介の不安は、確信に変わる「今夜何かが起こる。それも良く無いことが。針山の王は、一人も逃がさないつもりだ。僕たちは蟻地獄に入った蟻、蜘蛛に捕らえられた蝶の様なものだ」と思った。

優介は逃げることが出来るのだろうか、パーティーをやっている輩は皆んな馬鹿騒ぎをしていた。この世に不安なものなどないとでも言うかの様に。

 優介はエレベーターが使えないのならロープでビルから降りれないかと思った。しかし針山の王がそんなミスをする訳もなくロープなんて見つからなかった。「じゃあカーテンで」それも無理だ。「多分このビルに何かが起こる」「針山の王が人を外に出さない様にしているなら外に逃げなきゃならない」パラシュートか何かあればいいがそんな物がある訳が無い

 それなら「針山の王に会って針山の王を止めるしかない」と思った。それが生き延びる最後の方法なのだ。


 第三十三章

 スタスタとホストクラブを歩く。正装をして毅然と歩く優介は、ニコラスケイジの様に颯爽としていた。優介に迷いはなかった。今日死ぬかもしれない恐怖とともに使命感を感じた。

 町田は、忙しそうに客をもてなしていたが優介を見ると何をしているんだ仕事をしろと命令した。

 でも優介は無視して進む。町田は、後退りした。何だか針山の王と同じものを優介に見たのだ。町田は何も言わず引き下がった。

 階段を上がり開かずの間を通ると開かずの間のアダルト女優が客の相手をしていた。それが中国展開の切り札だ。

 しかし、優介は無視をして隠し部屋に進んでいった。

 そこはもぬけの殻だった。針が一面に散らばっていて雲の隙間から差し込む月光でキラめいていた。カーテンは棚引いて窓は全開に開いている。涼しい風が流れてきた。

 優介は窓を覗くと道が屋上に繋がっている。

針山の王は、屋上で風に吹かれて涼んでいた。針山の王は雄介を見ると「雄介くんだったかな。よく来たね此処で話でもしようよ」と言った。 

「此処は風が全開で清々しいんだ。何もかもが夢のようだ。でもこの夢をそろそろ終わりかな、汚いものがどんどん入ってしまった」と顔を歪ませ「僕は中国なんて行きたくなかったし、規模も大きくしたくなかったのに、町田がおおきくしてしまって」でももう終わりだ。

 優介は何をしようとしてるんですかと尋ねた。

 針山の王は「このビルのホストクラブの柱にダイナマイトを仕込んで置いたんだこのボタンを押してしまったらどうなるんだろう」

「今日は風が強いな、地上にダイブしたらみんなどうなっちゃうんだろう。痛いんだろうか、それとも楽しいのかな」とクククと笑った。

 優介は寒気がして、「そんなの狂ってる。大勢の人が死にことになるんですよ。死にたければ自分一人で死ねば良いんだ」と怒鳴った。

 針山の王は「いいや、誰一人も逃がさない僕と一緒に死んでいくんだ」と血走った目で言った。優介が何を言っても無駄だった。

 時は、12時になろうとしていた。「この世ともあと10分で終わりだ。念仏でも唱えたまえ」と針山の王は言った

 時計はあと8分後、7分後と刻む。優介は思った「もし僕が此処で死ぬ運命なら此処で殺してください。でもまだ生き残る運命なのだとしたら僕にチャンスをください」優介は躊躇いなくビルから飛び降りた。時計はあと3分2分1分、嵐の前触れか風がフワッと棚引いたのを合図に「サヨナラみんな」と針山の王は話すとドカンと言う音が其処ら中から鳴り響いてクラブ諸共地上にダイブしていった。地上は轟音と共に火の海になった。

 それから暫くニュースの話題はそのホストクラブの話ばかりになった。針山の王はどうなったのだろうか。しかし針山の王の死体は見つからなかった。見つかった物は焼け焦げた遺体の中に一際主人を案ずるような町田の遺体が横たわっていた。 


 最終章

 気がつくと優介は病院に居た。ビルの横の街路樹に落下して奇跡的に助かったのである。街路樹はバキバキに折れてクッションの役割を果たしたのだった。その街路樹の命によって優介は、生き延びた。足は骨折したが、街路樹は昔の見る影もなく朽ちていたが誇らしげに佇んでいた。自分の赤子を助けたように優介は生きていることに感謝した。自分の命を大切にしようと思った。

 そして優介は探偵事務所に勤める事にした。優介は勢いよく探偵事務所のドアを開ける。


                                      了


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