第04話:転生
1ヶ月後のこと。悲劇は突然起こった。いつものように真の部屋で、二人はあのソフトウェアを使っていた。そんな時、恵美は違和感に気づいた。
「お兄ちゃん、なんか煙臭くない?」
「そうだな。なんか、やけに臭うな」
あろうことか、その予感は的中した。だが、気づいた時にはもう遅かった。
火事だった。
二人の意識はだんだんと薄れていった。
漫画のように「その時だった」と助けが来るわけもなく、そのまま家は全焼してしまった。この世界には、正義のスーパーマンなどはいないのだ。
二人は気づくと、謎の空間に居た。天井も無ければ床もない。横も無限に広がっているようだ。そして、どこからともなく声が聞こえてきた。
「……ますか?」
どこからだろうか。来世まで響き渡るような、とても美しい声だ。
「聞こえますか?」
不思議なことに、その声が聞こえたのは、上からでも下からでも横からでもなかった。心の中に呼びかけるように聞こえてくる。わかるのは、これは間違いなく普通の状態じゃないということだ。
でも「こんな時こそ」と二人は冷静に話を聞いた。キャノンの時といい、案外冷静っぽい。
「聞こえますか? ワタシは女神です。あなた達は死んだのです。隣の家で、タバコの始末を怠った老人によるものでした。近くにあった新聞紙に火が移ったのです。しかし、老人を恨んではいけません。広い心を持つのです。ですが、それではあなた達にとってあまりにも辛すぎます。そこで、あなた達を別の世界の住人として生まれ変わらせてあげましょう」
女神と名乗る謎の声は、そう語りかけてきた。
「おいおい。神様なら、俺が『いきかえらせる』選んで何ゴールドか払ってそれで5秒ぐらいの音楽流して教会で復活させてくれないのかよ?」
「お兄ちゃん。その後は一旦、『おいのりをする』を選んどこう」
「そうだな。それからちょっと『おつげをきく』もやっとくか」
すると謎の声は意外とノリがいいようで、しっかりツッコミを入れてくれた。
「ゲームのやり過ぎです。なんで勝手に別世界に入り込んでいるのですか。まったく、ドラゴンク……」
「それ以上言うなさ!!!」
キャノンが慌てて止めた。
「色々あるさ。その、あの、権利の問題とかさ。女神だからってそのへんにあんまり触れるなよん。二人も『ゴールド』とかいう仮想通貨だの、教会で何をするだの、そういう話をするなさ。それからその、あの……」
なんだか訳のわからないことをダラダラと言って怒っている。
それを無視して、真は女神にこう問いかけた。
「冗談はこの辺にして、本気で話をしよう。生まれ変われるっていうのは本当なのか?」
「はい。本当です。さらに、あなた達はあちらの世界へ一つだけ物を持っていけます。パソコンです。あなたのパソコンに入っているソフトウェアについてですが、実はあれ、ワタシが入れた物なのです。キャノンをそちらへ送ったのもワタシです」
「「え!?」」
二人は口をそろえて驚いた。
「あなた達が死ぬ運命にある事を、ワタシは知っていました。未知の道具に未知の世界。いっぺんに情報を与えられても、なかなかあなた達も理解が追いつかないかと思いました。だから亡くなる少し前に、そのソフトウェアに慣れる時間を与えたのです」
「いやいや。それでも十分驚いたけどな」
「まあまあ、女神様としてはちゃんと気を使ってくれてるさ。それに、死ぬ前にソフトウェアの操作方法を説明してから転生するって流れは、他の転生者と同じやり方だよん」
「他にも転生者がいるのか?」
「それについても女神様が説明してくれるさ」
「尚且つ、あなた達は選ばれし存在。これから行く世界で発揮出来るステータスが、とても高いのです」
「ほう。定番の異世界チート生活ってやつか。で、俺たちはその世界に行って、何をすればいいんだ?」
「実はあちらの世界には、あなたと同じソフトウェアの入ったパソコンをもつ人間があと何人か存在します。
まず前提として、あちらの世界にはこのソフトウェアどころか、本来はパソコンすら存在しないため、パソコンを持つ人間がいたらその人で確定です。
元々は、魔王と呼ばれる悪しき存在を倒すために、日本からパソコンを持って8人の人間が転生されました。8人が力を合わせて魔王を倒したことで一件落着か、と思いきや、今度は別の戦いが始まってしまいました。その8人の戦いです。この戦いにより、すでに4人はパソコンを奪われました。よって、残りはあと4人です。このソフトウェアを独占、つまり、持っている人間が一人だけになれば、ソフトウェアの価値は一気に高まります。また、どんな悪用をされるかわかりません。
そこであなた達には、この戦いを食い止めてほしいのです。そのためには、この戦いに勝つしかありません。残り4人全てのパソコンを破壊した後、自分のパソコンも壊してください。『ルールその5』にある通り、パソコンの破壊はソフトウェアの破壊を意味します。
そして、世界を平和へと導いて下さい。もし成功した暁には、あなた達の願いを一つずつ叶えてさしあげましょう」
思ったよりも遥かに壮大な話だった。
「そんな大事な任務を背負わなきゃならないのかよ。勘弁してくれ」
つい本音が出てしまった。無理もない。色々な事が立て続けに起こりすぎて、状況を把握するのが困難だ。
しかしそれに構わず、女神は、
「いいのです、いいのです。やっていただければいいのです」
と、ゴリ押しをきかせた。
「おいおい、強引だな」
「ちょっと、お兄ちゃん。どうする?」
真だけでなく、恵美も戸惑っていた。
そんなのはお構いなしに、女神はさらに強要を続けた。
「いいから、はやく覚悟を決めて下さい。ほらあの、『俺たちの第二の人生がスタートするんだ』的なセリフ言って。でないとストーリーが進行しないでしょう。そんなダラダラとこんなところで。尺の都合とかも考えてください」
「だから、『ストーリーが進行しない』とか『尺の都合』とかそういう事を言うなよん。いい加減にしろさ」
女神はキャノンを無視し、続けて話した。
「言い忘れていましたが、あなた達のお父さんは火事があったあの時は会社に行っていたので無事ですよ」
それを聞いて、二人は安心した顔を浮かべた。
さて、なんだかんだで、二人は異世界転生を決意した。
「おい! ナレーターも『なんだかんだで』でまとめるなさ!」
「キャノンお前、なにいってんの?」
「では、出発の時です。いざ、『異世界はパーソナルコンピュータとともに。』」
「おい! タイトル間違ってるさ! さすがにそれはヤバいよん!!」
「騒がしいですよ。あなたはパソコンの中に引っ込んでなさい。大丈夫、2日だけのことですから」
女神はうるさく感じたキャノンをパソコンの中に閉じ込めることにした。
「どこが大丈夫……ってうわぁ! やめろさ!! ボクも女神様と一緒にここで彼らを見守るんじゃないのかさ!?」
キャノンは抵抗したが、女神の力は恐ろしいもので、その抵抗は無意味となった。
色々と注意事項を聞いたあと、女神は最後に、
「さてでは、いってらっしゃい」
とだけ言って、二人を異世界に転生させた。こんな強引な異世界転生があるのか。