第03話:ソフトウェア
真がある日自室でパソコンを開くと、デスクトップ上には昨日までなかったソフトウェアがあった。名前がついていたが、日本語ではない。というか、真が全く見たことのない言語だった。
「(読めない。どこの言葉だろ………)」
ソフトウェアを開くと、説明文がダラダラと表示された。チュートリアルだろうか。
それを読もうとした途端に、驚きの事象が目に映った。なんと、パソコンの中から何かが飛び出てきたのだ。なんなんだと思っていると、そいつは言葉を話し始めた。
「やあ、ボクはキャノンさ! 君は?」
驚きのあまり、真はなにも言葉が出なかった。
「驚かないでよ。ボクは別に悪い奴じゃないさ」
真は無言ながらも、「そういう問題ではないだろう」という顔を浮かべた。こんなの、映画でしか見たことない。画面からなにかが飛び出してくるなんて。
しかも飛び出してきたのは、人間ではない。また、見た事のある動物などでもない。まるでスライムのような見た目だが、真の知っているスライム(先端がちょっと尖ってる、丸い目が二つと赤い口が付いてるやつ)とは、圧倒的に違うところがあった。宙に浮いているのだ。しかも、浮いているのに翼などは見られない。大きさは、手のひらに乗りそうなとても小さなサイズだ。
キャノンは、パソコンの隣でさらに続けて話した。
「ここに書いてある説明、長くて読むのめんどくさいからさー。ボクが簡単に説明するよん……って、気絶してる!?」
真は、驚きのあまり気絶してしまった。
×××
数時間後、真は目覚めた。
「はぁ~。いやな夢だったな」
真は、疲れた顔をしながらそう言った。しかし、それは夢なんかではなかった。後ろを振り返ると、あのキャノンと名乗るスライムのような生物が、フワフワ浮いていた。
「うわぁぁ!?」
真は、叫び声をあげた。
と、そんなとき、
「大丈夫? お兄ちゃん?」
という声が、今いる自室のドアの向こう側から聞こえた。天川 恵美の声だ。恵美は、中学2年生。真っ直ぐでやわらかな長く黒い髪の毛に、真によく似ていて、でも可愛らしさもある顔立ち。身長は149センチメートルだ。色々小さい。
彼女は真の妹で、兄と同じくらいパソコンが好きだ。真の叫び声を聞いて流石に心配になったので、恵美は真の部屋に入った。
すると、今度は恵美が気絶してしまった。理由は、言うまでもないだろう。
さらに数時間後、ある程度驚いた二人はその後、意外と冷静になってキャノンの話を聞いた。
「このソフトウェアは……」
そう言って、キャノンは器用にパソコンの操作を行った。うまく体をひねって変形させ、その先端が人間でいう指の役割をしている。
そして、チュートリアル的な段階は終了させた。すると、画面が切り替わった。なにやら、メモ帳のような画面だ。
「……このテキスト入力の画面しか使わないさ。この画面に入力した言葉は……」
そう言って、キャノンは言語を日本語に設定した後、「リンゴ」と入力して、Enterキーを押した。すると、小さな異次元の空間がキャノンの上に現れた。そこから、一つのリンゴが落っこちてきて、その空間は消えた。
「……こうやって、実体となって現れるよん」
すると、二人は再び驚いた。それと同時に「興味」という感情もあった。摩訶不思議なパソコンの性能に惹かれたのだろう。
そこで、真が先に動き始めた。自分も使ってみようと思ったのだ。しかし、キャノンはそれを遮った。
「ちょっと待ってよん。これを使うには、幾つか注意事項があるからさ。さっきすっとばしたチュートリアル的な段階をサクッとに説明するから、聞いてくれないかさ?」
二人は少しだけ不満そうな顔をしたが、素直に話を聞くことにした。
するとキャノンは、リンゴをかじりながら説明を始めた。
「ルールその1、同じ言葉は入力不可。これ、一番注意すべき事さ。
ルールその2、数字の入力は不可。これでお金は出せないよん。
ルールその3、物を直接別の物と交換不可。これもお金稼ぎ防止さ。
ルールその4、入力した文字を消せば、三日後に実体は消滅。
その1より、再び入力できないから、消す時は注意してよん。
ルールその5、パソコンの破壊=ソフトウェアの破壊。
別のパソコンにソフトを移す事は出来ないさ。
操作は、今やったように文字を打ってEnterキーを押すだけ。Ctrl + Zで、24時間以内なら、やった操作を取り消せるさ。以上さ。説明に書いてあった内容をまとめると、大体こんなもんさ。あとは自由に使ってよん」
今度こそと思い、真はパソコンに手を伸ばした。しかし今度は、恵美によって遮られてしまった。
「お兄ちゃん、ねー。私が先に使いたいよ。だめ?」
そう言って、恵美は「お願い!」のモード全開で真に甘えた。これには真も敵わないようで
「いいよ」
と、譲った。
その後、二人はこのソフトウェアにどっぷりハマった。他の人にバレると厄介なので、このソフトウェアの事については親を含め、誰にも言わないことにした。
夕食の時間になった。父の達郎が、真と恵美にこう尋ねた。
「最近、部屋にいる時間が長くなってないかな。いったい何をしてるんだね?」
達郎は以外と鋭い。
「いや、別に……ね? お兄ちゃん?」
「あ、ああ。何も変わったことはしてないぞ」
二人とも、極端に誤魔化すのが下手だ。まあ、どこかの小学生の振りをした探偵よりは、マシだろう。なにが「この前テレビでみたんだ」だよ。