碧旋の素性5
特殊と言えば、王家ほど特殊な一族はないかもしれない。一応、侯爵家も王家の血を引くとはされているが、王家の一族には数えられていない。公爵家も三代目以降は王族には該当しない。但し、王位継承権は所持していることもある。
前華州公がなぜ首位に選ばれたのかは、判明していない。それこそ、王族の内部事情なのだろう。
前華州公は先代王の第二子で、正妃の嫡子だった。
現王には正妃はおらず、正妃はいない時代もあるのが普通だ。先代王の正妃は、先々代王の弟の娘であった。先々代王の弟は臣籍に下らないまま儚くなった。王子のまま世を去ったので、親王の尊称を贈られ、その娘は親王女として、王族に属していた。
臣下の娘ではなかったので、正妃として擁立された。
その正妃の嫡子だったので、前華州公は王になると見られていた。
それが狂ったのは、事件が起こったからだ。
世継ぎとみられる王子に毒が盛られ、何とか一命はとりとめたものの、王子は寝込みがちとなった。
実行犯とされた侍女や従者は捕らえられ、処刑されたが、彼らにそれを命じ、毒を入手した者は判明しなかった。
当然疑われたのは、現王の母親の側妃に連なる者たちだ。前華州公が亡くなれば、世継ぎの最有力候補に躍り出るのは、現王だからだ。利害関係はわかりやすかったが、結局証拠は挙がらなかった。
世継ぎの王子は病弱になり、現王の後ろ盾は失脚しなかったために、両者の勢力は拮抗した。緊張が高まり、さらに抗争は激しくなった。
それを断ち切ったのが、前華州公の王位継承権の放棄だった。「王の重い責任を、背負う体力がない」と言うのがその理由として説明された。
前華州公は現王の即位を支持し、現王のほうも前華州公に対して可能な限りの便宜を図った。
華州公の地位を授けたのもその一環ではないかと言われている。
「陛下よりもお若いのに、既に身罷られたのは、やはり毒の影響だったのだろうか」劉慎が独り言のように言う。夏瑚は劉慎からずらずらと説明された情報を詰め込むのに集中しているようだ。口をもご付かせて言葉を繰り返したり、斜め上を睨みながら空中に指で文字を書いたりしている。
劉慎や姫祥など、周りの人間の存在は忘れ去っているらしい。
踊っているときもそうだし、商売のことや金勘定をしているとき、結構同じような態度になるから、見慣れてきている。その姿を見ると、普段は一生懸命令嬢ぶっているのだなあ、と思う。本当なら、こういう態度は好ましくない。貴族としては。
けれど、劉慎は黙認してきた。初めのうちは、家来の前でそういう態度は上に立つ者としてふさわしくないから、注意するようにしてきた。姫祥は夏瑚の事情も性格も知っているし、そもそも平民の頃からの知り合いだ。しかし、それ以外の家来には、そういう態度は見せるべきではないと思っていた。
それでも、侍女は姫祥一人では足りない。夏瑚も気をつけてはいるようだけれど、疲れているとついつい地が出てしまうようで、劉慎自身も強く咎めないからずるずると黙認していくようになってしまった。
それにつれて、夏瑚のそういう態度を許容できる人間を身の回りに集めていくようになって、劉慎も他家の人間の前で隠しておけるなら、もういいという気持ちになってしまっている。
今のところ判明している事実を教えたのだが、碧旋が前華州公の子供だと言う事実は確定していない。扶奏が「ご落胤」だと言った言葉があるだけだ。
碧旋が雷男爵の子供だということにはようやく裏付けが取れた。但し、血縁があるのかどうか、男爵が子供の父親なのか母親なのかは明らかになっていない。私的な領域でもあるので、探り出すのには時間がかかるだろう。とにかく公式に、碧旋は雷男爵の嫡子として貴族籍に登録されており、孔州侯はあくまで体裁を整えるための後ろ盾だったようで、公式には養子になっていない。
それなのに学園に入学できたということは、王族から身分を保証されたのだと考えられる。だとすると、王族の落胤だと言う可能性が高くなってくる。扶奏の言葉は事実だと考えて対処していく必要がありそうだ。
もう一つ、気になるのは、王の、王族たちの思惑だ。
王の態度は、王族の一員として、碧旋を認めているように思える。ただ、公式にどうなるのか、どの程度優遇するつもりがあるのか、見極めることになるだろう。
昇陽王子、乗月王子二人とも、その事実を知っている。その上で、碧旋とどう付き合っていくつもりなのか、こちらも観察すべきだ。
そして、碧旋当人だ。当人は、どの程度知っているのだろう。自分がただの男爵子息ではないことは承知しているようだった。侯爵家の養子でないことも知っていたと思われる。しかし、王族だったことを知っていたかどうかは不透明だ。そして、これからどうするつもりなのかも。
本人の気質からして、真っ向から聞いてみてもよいかもしれない。
しばらくは彼らをしっかりと観察しておくべきだろうと劉慎は心に刻んだ。