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夜のお茶会1

 夏瑚は次の授業を受けるために、盛墨兄弟とは別れ、学舎に戻った。器楽の授業である。音楽は一般に器楽と声楽に分かれているのだが、踊りと関係が深いのは器楽の方なので、そちらを採ったのだ。

 劉慎は教室まで送ってくれた後、情報収集をすると行って去っていった。

 恐らく、盛墨兄弟たちも碧旋の情報をさらに集めるだろう。王は、明らかに碧旋を特別扱いしていた。銅鑼島は確かに特別な地だ。そこの領主も、重要視されるだろう。だが、男爵には違いない。王が記憶しているとは普通考えられない。

 これまで情報を得られなかったのも、特別に秘匿されていたからだろう。


 今回、王は夏瑚たちもいる場で、碧旋に声を掛けた。

 碧旋の情報を遮断していたのが誰なのかはわからないが、少なくとも王は、夏瑚たちに隠さなかった。その態度から、今探れば情報が手に入るのではないかと思うのだ。

 拍子や音律に乗ることは得意でも、楽譜を書くのは苦手だとすっかり落ち込んで教室を出る。

 すると、廊下に控えていた寮人が、近づいてきて、姫祥にそっと耳打ちする。


 一礼して遠ざかっていく寮人の後姿を見ていると、姫祥が「扶奏様が面会を希望されておられるとか」と囁く。

 「場所と時間は?」「その点は何も」夏瑚の側で決めろということだろう。

 さほど親しくない男女が面会する場合、女性側が安心できる場で会うことが通常だ。断ることもできなくはないが、敵対しているわけでもないし、情報は欲しい。劉慎も勧めてくるだろうと思ったので、どこで会うべきかを考えてみた。


 特に引き延ばす必要は感じなかったので、夕食の後、中庭でということにした。室内で二人きりと言うわけにもいかないし、日が落ちるのは早くなったが、夜でも寒いという季節ではない。夜に舞う虫が少なくなってきているので、夜の散策には相応しい。

 後日に延ばすほうが面倒だ。

 夏瑚に割り当てられた部屋に繋がる中庭の東屋に、お茶の道具を運ばせる。座布団やひざ掛けなども持ち込む。火鉢を置くほどではないだろう。


 夕食の席では、劉慎との打ち合わせと情報交換をする。早速碧旋の情報を得るべく、追加で人を派遣するように伝言を送り、王都の羅州侯邸に集まった情報の報告を聞いて精査していたと言う。

 「数日たてば情報が集まってくると思う。扶奏殿が夏瑚にと言ってきたのなら、一人で会う方が良いか」劉慎は少し迷っていたが、傍に控えることで了承した。東屋から1丈(10尺)ほど間隔を空けて、長椅子に座っていることになった。 


 夕食を早めに切り上げ、食後のお茶と甘味、果物は東屋でとることにして立ち上がった。

 夕日の光も消え、星が瞬き始めている。寮人が灯してくれた中庭の灯りが、微風に揺らめいて見とれてしまう。普段は中庭に灯りはなく、お祝いなどの行事や、今回のように中庭でお茶をするなどの場合に灯りを灯してくれる。

 護衛は二人、東屋の周囲に立つ。劉慎が控える長椅子の側に二人控える。恐らく扶奏の方も護衛が二人ほど従ってくるはずだ。


 東屋に座り、卓上に甘味と果物が並べられる。傍らで、姫祥が湯沸かし器に火をつけ、茶葉を取り出す。

 湯が沸騰するころ、軽い足音とともに扶奏が現われた。

 服装は先ほどと同じだが、髪の櫛目が整っている。夏瑚が立ち上がって礼をすると、扶奏が片膝をついて礼をする。

 「どうぞお立ちください」夏瑚は内心慌てる。ずいぶん丁寧な礼だ。「ありがとう存じます。ですが、お気遣いなく。改めて、お時間をいただき、幸甚に存じます」


 一人になった扶奏と向き合うのは、初めてだ。

 夏瑚は頭の中の報告書を捲る。劉慎から手渡された、学生たちの身元調査の結果報告書だ。

 それによると、扶奏は乗月王子の生母貴妃殿下の実家宇州侯の縁戚である陶県子爵の第三子ということだった。第三子と言うのも珍しいが、それ以上に稀なのが子供はすべて男だという事実だ。第二子第三子も男なのは、どうやら家長の意向などではなく、本人たちの性質が男性志向で、無理に女性化させると健康に問題が生じる恐れがあるほどだったらしい。


 子供に恵まれることは幸運ではあるが、すべて男である場合、下手をすると後継者問題が起きかねない。また、婚姻による縁戚づくりができず、社交の大きな手段が取れないことになる。

 貴族階級の家系は、大抵第二子、第三子のどちらかは女性として、懇意にしている貴族家へ嫁がせるものだ。互いにそうしなければ、貴族と言えども婚姻は困難なことになってしまう。

 平民から娶ることはできても、正妻が担う正夫人としての様々な仕事は、貴族としての素養が物を言う。召使を監督し、時には夫の代理を務めて領地の差配をする。貴族の嫡子を育て、貴族の社交を熟すのだ。


 子爵家の子供は長男はともかく第二子も第三子も男だったので、彼らの身の振り方を考えなければならなかったのだろう。その一つが、寄り親である侯爵家へ三男を差し出すことだった。

 別に生贄と言うわけではないので、当人にとっては悪い話でもない。ただ、当人や実の両親よりも侯爵家の意向で彼の境遇が決まるということだ。それでいて、侯爵家の家族ではないから、身分としては子爵子息でしかない。それも、跡取りではない、そのままでは平民になる三男の身分である。


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