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塔の目的3

 扶奏はうっすらと笑い、「不肖の身の上では、尊き方々のお考えには到底至りません」と答えた。

 扶奏はそのまま、盛墨・盛容に拱手して見せ、すたすたと大股に歩き去っていった。

 その後ろ姿を見送って、盛墨は盛容、夏瑚、劉慎を見渡した。「どうします?両殿下たちを待ちますか?」

 扶奏を人払いするくらいなので、彼らがいるところには行けない。彼らの話をここで終わるのを待つことはできそうだが、どれくらいかかるのかがよくわからない。

 扶奏がさっさと行ってしまったので、夏瑚たちもここで待つ必要はなさそうだ。


 「では、参りましょうか」盛墨は塔を振り返りつつも、夏瑚たちにそう、声を掛けた。「ここで待つのも逆にご負担になるかもしれませんから」と言う。「そうですね」夏瑚はにこやかに同意した。本音を言えば、これ以上ここで時間を潰しても仕方がないという思いがある。

 始祖の逸話は、王家の人間にとっては感慨深いものなのかもしれない。盛墨は名残惜しそうに周囲を見回し、通路に使われた石材を撫でたりしている。


 とは言え、盛容のほうは、飛び降りた王族の件のほうが気になるらしく、足早に進んでいく。劉慎は盛墨や夏瑚を気遣って速度を合わせている。

 夏瑚自身は「へー」と言うような感想しか持っていない。始祖の逸話は自分とはまるで関係のないものだし、この塔自体にもそれほど興味はなかった。石の形をそのまま生かす建築方法は面白いが、時間や手間がかかる方法なので効率的とは言えない。石材自体も馴染みがないが、一種類の石材ではなく、あちこちから集めたものを使っているようだ。

 経済的なやり方ではない。そういう観点からは程遠いところで造られたのがよくわかる。珍しい建物ではある。でも関心はない。


 夏瑚が純粋にこの国の民だったら、始祖に対してもっと思い入れがあったかもしれない。

 偉華の繁栄と平和は、始祖がもたらしたものだと言う。外敵を完全に退け、国内を統一した。様々な人材を登用し、乱立していた軍閥を屈服させて平和をもたらしたと。

 偉華の前は、小国が乱立し、その国の中でもしょっちゅう下剋上が起こって、権力者が変わり、制度が変わっていた。民の生活はそれに乱され、落ち着かなかった。


 国をまとめ、制度を整えて、民は落ち着いた生活を送れるようになった。

 だから民は始祖に対する感謝を語る。王都の南に、王家が所持する庭園がある。正式な名称は「始祖記念公園」と言う。一般には始祖園と呼ばれている。その中央に据えられた始祖像には常に多くの花が捧げられている。

 多くの人は始祖の偉業を信じている。

 斜めに見るのはごく一部の人間だ。


 夏瑚はどこか別の土地からやって来た母親の下で育った。

 偉華は障壁で外部から守られているので、他の国との接触が殆どない。皆、他の国、他の土地があるのは知っているけれど、ぼんやりとした印象しか抱いていない。偉華より寒かったり暑かったり、肌が黒かったり白かったり、そんな想像があるだけで、外の国の方が豊かだったり遥かに発達した技術があるとは考えてもいないのだ。


 もっとも夏瑚自身も母親が語る外の国に関しては、どこまで本当なのだろうと言う気持ちもある。

 王が存在しない国。民は平等で、子供はみんな教育を受けられ、仕事も自分で選ぶことができる。それはまだいいが、馬や牛が引くでなく走る車や空を飛ぶ乗り物に至ってはちょっと信じられない。

 母親は空を飛ぶ乗り物に乗ったことがあると言う。母親は大まじめだったし、夏瑚は母親を信じている。それでも、いくつかの点に関しては、何か、齟齬があるのだという気がする。


 始祖が飛んだというのも、もしかすると母親と同じなのだろうか?

 始祖はもともとは別の土地の人間だったはずだ。山に降り立ったとも言われているから、山まで飛んできたのかもしれない。母親が言ったような乗り物に乗って、ということなら、有り得るのかもしれない。

 始祖と夏瑚の母親とはざっと200年弱の時期の違いがあるが、始祖の時代でも飛ぶことができたなら、母親は当然可能だっただろう。


 そう考えると、始祖はこの国で崇められているような神に近い人などではない。夏瑚の母親と同じ、人間だということになる。

 200年前であれば、母親も神のように崇められただろうか?奴隷として捕らえられ、そこから解放されても、一介の商人の妾として生きるしかなかった人生は、変わっただろうか?

 そう考えると、何か息苦しさを覚えた。

 始祖は偉華の偉大なる祖であり、神仙である。これが一般的な考え方だが、夏瑚にはただ、幸運だったよそ者と思える。


 しかし、夏瑚の母親と同じ外の国の乗り物を使っていたと考えると、始祖が飛べることに不思議はない。

 けれど、その子孫が飛べると思うには無理がある。過去の母親も乗り物が使えたのだから、血縁かどうかは直接関係はないはずだ。だとすると、始祖が子孫にその乗り物を残したのだろうか?子孫ならばそれを使えるような仕掛けを施して?

 そこまで考えたとき、夏瑚は思わず足を止めて、塔を振り返った。改めてみる塔は奇妙だった。確かに王宮や始祖園などにある塔は、これに似ている。恐らく、この塔を真似て造られたものであるのだろう。故郷にはこんな上に伸びるにつれて細くなっていく形の塔はない。

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