聖母とお茶会のあれこれ1
二日後のことだった。
専科の授業で、礼法の時間を選択していた夏瑚は姫祥を連れて、喫茶室に向かっていた。今日はお茶会をするのだと言う。数人から多くても十数人程度の茶話会のことで、女主人が主催者となる、貴族や豪商ならではの交流会である。
一応豪商の娘であった夏瑚も、招待された経験ならあった。そのときは、父の正妻である義母についていって、時折微笑んで、お茶とお菓子を食べるだけで済んだ。幼かったし、金持ちと言えど、商人同士の会だったので、気楽な情報交換の場でしかなかった。
貴族のお茶会は違うらしい。
特に王族が関わるともなれば、出すものにも特別に気を使うし、服装から話題から招待者、屋敷の飾りつけや給仕する者に至るまで、考えなければならないものらしい。
「献立の選定には自信あるんだけどなあ。流行の話題にも強い方だし」「貴族の方は、貝殻虫の値段には興味ないと思いますよ」夏瑚の呟きに姫祥が突っ込む。
喫茶室に入り、入り口の傍で控えていた講師の助手に席を教わる。あらかじめ、数人ずつ一つの卓を囲み、講義を受けつつ実践を行うようだ。
夏瑚の席の隣を見ると、盛墨がいたので、驚いた。それを押さえつつ、挨拶を交わす。
論科の顔合わせの際には、兄盛容と揃いの格好をしていた。つまり男性の格好だ。未成年なので、まだ男ではないが、男になる予定であの服装なのだと思っていた。公子である盛墨には、女になる必要はないはずだ。これ以上実家の身分が上がったり、権力を握ったりすることはないのだし、税金の問題などもない。何か特別な理由でもあるのだろうか?本人の好みや資質の問題ならば、服装や立ち振る舞いが女性的になりそうなものだ。
今日の盛墨は論科の時と同じく、長着に下穿きである。ただ、色合いは薄めの黄丹で、生地の艶といい、袖や首周りの銀糸の刺繍が細かいところも手が込んでいる。銀の耳飾りが長く垂れていて、手首には腕輪も嵌っている。おしろいなどは使っていないようだ。
もう一人、令嬢が案内されて、夏瑚たちに挨拶する。伯爵令嬢らしく、盛墨とは知り合いのようだ。夏瑚は微笑んだまま、二人の会話に耳を澄ます。
どうやら学園の学生ではなく、王宮に女官見習いとして伺候しているらしい。令嬢教育の一環で、礼儀作法や宮中の仕来りなどを学ぶため、よく行われていることのようだ。王宮の住民や、家来であっても、貴族階級の出身者や、上位者の推薦を受けた者ならば、学園の戦火の講義を受けることができるらしい。
席はもう一つ空いている。そろそろ時間のようだ。講師の女性が、ゆっくりと部屋の中央に向かう。
講師が口を開くかと思った時、乱暴に扉が開いた。その音に全員の視線が集中する。
「申し訳ない。この者も受講させていただく。おい、さっさと入れ」ぶっきらぼうに言い放ったのは、顧敬だった。次いで、押されたようにして碧旋がたたらを踏みながら入ってきた。
ぴしゃりと扉が閉まり、碧旋が渋い表情の顔を上げた。そして姿勢をしゃんと正し、大股に講師に歩み寄る。
碧旋の髪はさらに短く、耳の下あたりで切り揃えられていた。女性ではめったに見ない短さだが、きれいに梳られ、艶めいている。おまけに小さな真珠らしい玉を金鎖でつないだ頭飾りをつけている。暗褐色の髪色によく似合っていた。服は長着に下穿きだが、深い金青の身頃に白練の袖、襟や帯をあしらってある。
目を離せずにいると、こちらに向かってすたすたと歩いてきた。そしてにやっと笑う。「この席でお茶を飲めってさ」
同席している伯爵令嬢は赤くなったり青くなったりしている。碧旋は彼女と盛墨に挨拶をした。初対面だからか、令嬢にはきちんとした挨拶だったが、盛墨には、「そっちは自主的に?」などと砕けた口調で話しかけた。
「そうだよ。僕は、迷っててね。ここには勉強しに来たんだけど、専科は結構人を選ぶものが多いじゃない?僕は剣術とか体術とかは苦手だし。そっちは自分で選んだわけじゃないの?」「ご側近が勝手にね」碧旋が肩を竦める。「どうしても女らしくなってほしいそうだよ。侯爵からはそんな話は聞かなかったが」
顧敬も、劉慎と同じく、家のために王族と繋がってくれる女性を求めているのだろう。ただ、碧旋は夏瑚と違って、まだ未成年なのだから、必ずしも女性として貢献する方法でなくてよいのだ。正学生になれるくらいなのだから、勉強家ではあるのだろうし、剣術の授業に参加した護衛たちは碧旋に感心していた。
「君はきれいだからね。顧侯子がそう思われるのも無理はない。でも、君、剣の腕もすごいんだろう?兄上がそう褒めてたよ」
盛墨の言葉に、碧旋は表情を消した。「そんなことはない」とだけ言って、口を噤む。
あれ、夏瑚はいぶかしんだ。盛墨の言葉には親しみと羨望がこもっていた。嫌味ではなかったはずだ。盛墨の表情が曇るのを見て、夏瑚はあたりを見回し、「講義が始まるみたいですよ」と盛墨に向かって笑いかけた。