謁見2
遠慮は無用だと言われても、ほいほい信用する気にはなれない。夏瑚にとっては雲の上の人だ。
昇陽王子や乗月王子も雲の上の人間だったのだが、この長くはない期間でもなんだかんだと接しているうちに、遠慮がとれてしまったようだ。
夏瑚が蹲ったまま地面を見ていても、前にいる面々が立ち上がる気配がわかった。それでも夏瑚は顔を上げられない。
「遠慮するな、話を聞いてもらう必要があるのでな」再度声がかけられた。これを無視するわけにはいかない。逆に礼を失することなる。「御意にございます」夏瑚はできる限り恭しく答えて、ぎくしゃくする体を動かした。
姫祥と劉慎が手を貸してくれる。
夏瑚以外の顔ぶれは立ち上がっていた。
偉華の王は、想像しているより年を取っているように見えた。髪は真っ白で、痩せた頬には深い皺が走っている。少しくすんだ温かみのある赤の長着をまとい、斜めを向いて壁石の上に座っている。王とは言っても王冠は被っているわけではないのね、と内心で呟く。
「盛容は相変わらず、元気そうだ」王はゆっくりと言う。「おかげさまで」「そちらは盛墨か。優秀で何よりだ」「お褒めいただき、光栄です」盛墨はぺこりと頭を下げる。
「扶奏も久しぶりだ」王は思ったより細やかな気遣いをする人らしい。扶奏は上位貴族ではないので、通常ならば王自ら声を掛ける対象ではない。
「拝謁を賜り、光栄に存じます」扶奏は顔は上げたままで、一度膝をつき、拱手を行った。跪くのを止められたので、こちらの礼を取ったのだろう。「今後も乗月を助けてやってくれ」と言いながら、王は手で姿勢を戻すように促す。
「そちらは、劉侯子かな」一番遠い位置にいる劉慎に声がかかる。「はい、拝顔の栄をいただき、恐悦至極に存じます」「今後も会うことがあろう。良しなに頼む」「御意」
「隣のご令嬢を紹介してもらえるか?」と言われ、夏瑚は思わず体を強張らせる。その気配に気づかれただろうか。「この度、劉家に養女として迎えた劉夏瑚にございます」
夏瑚は小さく息を吸い、「お初に御目文字仕ります。劉家が三子、夏瑚にございます」一気に言う。拱手は女性の礼ではないので、両手を合わせて顔から胸の位置にまで動かし、膝を深く沈める。
「話は羅州侯から聞いている」王は微笑んで頷く。優しい方でよかった、と胸を撫で下ろす。「学園に入学するとは、賢い上に、愛らしい女性だ。将来が楽しみだな」
礼を述べながら、王の言葉を反芻してしまう。王は優しいが、優しいだけの人ではあるまい。
王は夏瑚たちよりも近い所に立っている碧旋の方へ向き直り、手招きした。「こちらへ」「え、やだ」思わずといった様子で漏れた碧旋の声に、夏瑚が無言で戦慄を覚えた。
「嫌か。なぜだ?」王はなぜか面白そうに笑いを含んで言った。「よくわからんし。挨拶だけなら、近づかなくても、いいだろ?」不満そうに碧旋が応じる。
碧旋の無礼さを別にすれば、もっともな疑問だった。夏瑚と同じような扱いをするのが相応だと思われる。学園の正学生で、我が子の学友に面通しするだけなら、それで十分だ。
夏瑚は劉慎と目を見合わせた。羅州侯の情報収集能力でも、碧旋の素性はわからないことが多かった。盛墨、盛容たちも緊張した表情になっているので、王の態度は予想外だったようだ。扶奏は俯いて固まっているので反応が窺えない。
二人の王子は、揃って碧旋を見ている。
これまでの二人の態度からも、碧旋に対する含みを感じていた。王の方は見ず、碧旋を観察している様を見れば、王の意図は承知しているのだ。それに対して、碧旋がどう反応するのかを測っている。
「よく顔を見たい」王は手招きを繰り返す。
渋々といった感じで碧旋が歩み寄る。「そこへ」王は壁石を指し、碧旋はそこへ腰を下ろす。
しばらく黙って王は碧旋を見ている。王は並々ならぬ関心を碧旋に寄せている。これが息子の相手としてのものであれば、夏瑚は争うまでもなく脱落している。
「似ているな」王は満足そうに息をついた。
王は立ち上がり、手をひらひらと振った。「そちらに会えて嬉しかったぞ。昇陽、乗月、ここの説明を。務めを果たせ」
王が歩き始めると、階段傍に佇んでいた武人が素早く王に近づいて行く。王が進む方向の塔から、従者が一人現れ、恭しく腰をかがめて王を待つ。
王が立ち去るのを、手を合わせて見送る。王は二人を引き連れて、塔の階段を下っていく。
王の姿が消え去るのを確認すると、皆立ち上がって姿勢を直した。何だかどっと疲れが襲ってきた。
「一同、ご苦労。父の我儘に突き合わせて済まなかった」昇陽王子が軽く頭を下げる。「とんでもございません」劉慎がすかさず返答する。
「いやあ、びっくりした」盛容は肩が凝ったのか、肩や腕を動かしながら言った。「こんなところに陛下がいらっしゃるとはな。お忙しい方なのに」「それだけ、興味がおありだった、ということでしょうね」夏瑚は碧旋を眺めながら呟いた。
王は「似ているな」と言った。その言葉から察するに、王子妃としての興味と言うよりも、碧旋の容貌に対しての興味だったようだ。それも美醜と言うより、別の誰かとの縁を感じさせるかどうかと言う点においてのものだ。