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学園の謎9

 夏瑚が振り返ってみると、壁が音もなく回転して閉じていくところだった。壁がきちんと収まり、亀裂が消えていく。完全に一枚の壁に同化してしていった。

 「もう、痕跡がない」劉慎が呆れたように呟いた。

 壁を調べる時間はなさそうだ。今は諦めて昇陽王子を追おう。


 回転する扉は見たことはないが、仕組みそのものは実現できそうだ。ただ、普通の住居や建物に使う利点はあまりないように思う。

 あの緑の光の仕組みはわからない。夏瑚には使われている技術の見当がつかないので、有用性もわからない。どちらかと言うと、通路や部屋の被膜材のほうが商品化しやすいかもしれない。光沢があって、埃がつきにくい素材のようだった。

 夏瑚は建材には詳しくないので、父に相談しなければならないだろう。



 夏瑚たちは足を速め、昇陽王子たちに追いついた。

 昇陽王子は校舎から出て、学園の裏門へと向かった。夏瑚はそこから出られると思っていなかったので、戸惑った。確か入学した当初に寮人に学園内を案内され、北門は後宮に通じているから使わないようにと通告されたからだ。

 後宮は王族の住まいなので、学生が侵入してはならないだろうと納得したのだ。

 まあ昇陽王子は当の王族なので、問題はないのだろうが。

 禁断の園に踏み込むような、ふわふわした気持ちになる。


 「いいのか?」盛容がちょっと気まずげに聞く。

 後宮は王族が住まうところだが、特に女性と子供が住むところ、と言う意味合いが強い。

 成人した男性王族は、後宮から出て、騎士団の寄宿舎や官僚の官舎、王宮とは別の離宮などに住まいを移すことが多い。さらに直系王族から外れることが決まると、貴族の居住区に屋敷を構えるか、領地に引っ越す。

 だから後宮にいる男性王族は基本王のみになる。

 とは言え、成人男性の立ち入りが禁止されているわけではない。制限はあるが、真っ当な理由があれば許可を取ることはそれほど難しくはない。

 それでも、許可があるのか盛容は確認していない状況だし、気が引けるのだろう。


 昇陽王子は唇の端を捻じ曲げるようにして声もなく笑って見せた。

 「兄上」乗月王子が軽く兄を睨んだ。「大丈夫だとも」昇陽王子が肩を竦めて請け合うと、盛容は明らかに胸を撫で下ろす。

 初めて訪れる後宮は、殺風景だった。


 後宮、と言えば、王に愛される華やかな妃たちが群れ集う場所、と言う印象だが、石造りの門柱に鉄格子の門扉がまず武骨な印象だった。

 門を潜った先は茂みの生い茂る荒れ地だ。一応、門から石畳の道が続いているが、その石も所々欠けている。隙間からは草が伸び、低木も樹木も手入れはされていないようだ。

 「ずいぶんさびれてるな」盛容が呆れたように言う。


 夏瑚は侯爵家で詰め込まれた知識を引っ張り出す。

 現在後宮には三人の妃殿下と子供たちと陛下が住んでいる。子供は第三王子以下は公表はされていない。数人いるようだが、まだ幼いのだろう。7歳未満は公表されないことが多い。

 制度上は陛下は四人の妃を持てることになっている。もちろん持たなくとも構わないのだが、最も断絶してはならない王の血筋を保つためなので、成人した子供が複数いない場合は四人の妃を持つことが多い。万が一数年経っても出産できない妃は離縁される。


 今は第一王子から第三王子まで、ほぼ成人したと言える。第一王子は女性になりたいらしいので、正式に成人はしていない。だが、昇陽王子と乗月王子が成人すれば、第一王子が女性でもそれほど問題は無くなるので、成人が認められることになるだろう。

 3人の成人王族がいるので、陛下もこれ以上婚姻する必要はない。それよりも成人する昇陽王子と乗月王子の婚姻に焦点が移っていくはずだ。


 妃の数が少ないからここはさびれているのだろうか。

 「いろいろ理由は付けているがね」昇陽王子はゆっくりと歩きながら、手を大きく広げた。「故意に放置しているんだ」

 夏瑚はその理由を探して、周囲を見回した。周囲の木々は枯れ木が多い。昇陽王子の手の先の延長上に、枯れ木の梢の向こうに、何かの影が見える。


 「あれは?」夏瑚が聞くと、「行けばわかる」昇陽王子が答え、一行は納得して、再び歩き出した。

 荒れ地で舗装もひび割れているが、案外歩きやすく、目標は少しずつ大きくなる。

 「塔ですか?」盛墨が手を庇にして目標を眺める。

 確かに何かの建物だろうと思われる。石造りの建物だ。しかし、後宮の、いや王宮の建物の建材と違う色合いだ。黄味が強い色合いで、あれは砂岩の一種だろうか。


 盛墨が塔だと思ったのも納得だ。夏瑚もそう思った。木立を避けて緩やかに方向を変えてさらに進むと、塔だと思った建物が、長い橋のような形をしていることがわかった。四角錐の塔が二つ、その間が通路のように細い建物でつながっている。

 「何の建物?」夏瑚は首を傾げた。塔はかなり細く、橋の部分も薄い。あれでは部屋のような空間がとれないだろう。

 塔を建てる場合は、高さを必要とする理由があるはずだ。多くは見張りのためだろうか。王宮であれば、見栄えのため、ということもあるかもしれない。中空の通路は、塔と塔を繋ぐだけという点が不自然だ。もっと他の建物と接続されていれば、有り得る仕様なのだが。

 

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