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学園の謎6

 「碧旋殿は何の曲を弾いたんですか?」盛墨が勢い込んで聞いた。

 「始祖の降臨」碧旋は短く答えて、その曲を弾き始めた。

 「始祖の降臨?」夏瑚は小さく呟く。「そのような曲があるのですか?劉慎も首を傾げている。知らないのは夏瑚だけではなかったようだ。

 「侯爵家では聴かぬだろうな」昇陽王子が顎に手を当てて上目遣いになった。

 「うちも聴かんよ。陛下の即位式の時だけだ」盛容が言い、弟を見て「盛墨は知らん。お前が物心付く前に即位式があったからな」と説明する。


 正確には即位式のうちの、王家のみが参列する宣誓の儀で、演奏される曲だと言う。王家一族のみだけと定められている儀式で、演奏するのも一族の中から選ぶものらしい。

 その儀式には公子の盛容は参加したそうだ。侯爵家では参列できないので、恐らく顧敬もしていないだろう。当然扶奏も関路も参列していない。碧旋も同じはずだ。

 「他に演じられる場合があるよ」碧旋が言う。「ほう?」昇陽王子が眉を上げ、夏瑚は意外とこの王子さまは表情豊かだな、と思った。「どんな場合だ?初耳だが」

 碧旋が少し笑った。「あんたが知らないことなんて、山ほどあるんじゃないの?」


 ああ、また!夏瑚は心臓の辺りを押さえ、呼吸を整えた。全く心臓に悪い。「碧旋、口が悪過ぎるよ」乗月王子がやや強く言う。「それに私も知らないな。どういう時に演奏されるの?」

 碧旋はそれには答えなかった。碧旋の指が弦を押さえ、弓が動いた。

 「あの浮彫を見たときに、この編成は確かに珍しいと思った。鈴と大太鼓が同時に使われる演目は限られているからね。それでも始祖の降臨があった。だから、それを奏でてみたんだ」


 「どちらを?」扶奏が突然口を挟んだ。

 「どちら?」扶奏の言葉に反応したのは、昇陽王子だった。「どういうことだ?」昇陽王子が碧旋と扶奏を交互に睨む。

 「説明を、扶奏」乗月王子が窘めるように声を掛けた。扶奏が一度唾を飲み込むのが見えた。「待て、そもそも扶奏は始祖の降臨を知っているのか?」昇陽王子が厳しい表情で問いかけた。知っていてはいけないのだろうか。

 「存じております」「なぜ?」昇陽王子の間髪入れない問い詰め方は、絶対に逃がさないと言っているようだ。


 「神殿で」扶奏は観念したように小声で言う。「神殿?」盛墨が不思議そうに聞き返す。「扶奏殿は神殿の行事にお詳しいのですか?」

 「洗礼派の聖地が扶奏の故郷にあるのです」乗月王子が横からそっと補足する。

 「では、洗礼派の儀式で使われるということですか」洗礼派は三十年ほど前に聖別院から分離した宗教団体だ。初めの十年ほどは両派でかなり揉めていたようだが、洗礼派はもともと聖別院の教会だった甘屯の教会を自身の本拠地の聖堂として構えることになった。

 分派だけあって、聖別院と基本的な教義や儀式が似通っている。洗礼派で演奏されているのなら、聖別院でも演奏されている可能性が高い。


 「神殿で、始祖の降臨を奏でているのか?」「御意」「それは知らなかった。王族しか知らない曲だとばかり思っていた」昇陽王子は本気で動揺しているようだ。

 「全く同じ曲ではないようです」扶奏は観念したのか口を開いた。「聖別院で演奏されている曲と、洗礼派の曲も少し違います。なぜ違うのかは存じませんが。王族が伝えている曲とも何か所か違っているところがあるようです。違いをなぜ知っているかは、ご教示して頂いた王族の方がいらっしゃるからです」

 「まあ、教えることを禁じてはいないだろう」昇陽王子は苦い表情で頷く。「神殿では、いつ演奏されるのですか?」盛墨は好奇心を表して質問した。「新年の日の出に合わせて演奏されています」「それでは、毎年一度は演奏するということか?」「その通りです」「王族よりも頻繁だな」


 盛墨が碧旋を振り返る。「碧旋殿は、なぜご存知なのです?やはり神殿絡みですか?」

 「養父のせいだよ」碧旋は気負うことなく答える。「あの人は演奏は下手だったんだけど、音楽には詳しくて、楽器の修理屋だった」

 あれ?碧旋は銅鑼島の領主の嫡子だと言われなかったか。その情報を告げた劉慎を見ると、そちらも怪訝そうな顔をしている。

 「養父?雷子爵とは血の繋がりがないのか?」ずばっと質問してくれたのは盛容だった。有り難い。こういうことは失礼になるから、そうそう聞くことはできない。鍛錬仲間の盛容公子は、そのあたりあまり気にしない性格なので、助かることもある。


 碧旋が顔を歪めた。同時に昇陽王子が笑い出す。「まただよ、もう」碧旋の声はいかにもうんざりしたといった風情だ。

 「仕方あるまい、そこまで調べつくすわけもなかろう」「まあそうだけど、いちいち訂正するのも面倒くさい」ため息交じりで碧旋が言う。「では、私が訂正してやろうか」「結構です」昇陽王子の申し出を一刀両断し、碧旋は、さっと表情を切り替え、旋律を奏で始めた。

 きっと始祖の降臨と言う曲だろう。確かに夏瑚には覚えのない曲だ。軽やかに始まった旋律だが、少しずつ重い音が混じり、複雑さを増していく。

 弓弦は奏でられる音の数が多い楽器だが、これほど変化に富んだ音色を導き出せるとは思っていなかった。


 

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