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学園の謎5

 結局誰一人欠けることなく、ぞろぞろと廊下を移動していく。夏瑚たちは殿である。

 せっかくなので、興味を持とう。どちらかと言うと、楽しそうなので、興味はある。むしろ、興味を抑えようとしていたほうだ。自分一人のことなら興味の赴くまま行動してもいい。でも、その行動に姫祥を始め、劉慎たち侯爵家、夏財たち実家の命運がかかっていると思うと、恐ろしいのだ。

 貴族としての常識に自信がない夏瑚は、どこでどういう過ちに踏み込むか理解できない。恐れてばかりでも仕方がないので、考え過ぎないようにしているが、時折、ひょいと零れてくる。


 碧旋はある意味夏瑚以上に非常識なので、傍にいると夏瑚の危険が減るような気がして、気楽だ。

 その碧旋が発端の出来事で、盛墨公子、こちらはれっきとした高位貴族が関わっているのだ。夏瑚が少々興味を持とうと、こちらに火の粉は飛んでくるまい。

 一行は盛墨の誘導に従って、東の校舎へ向かう。回廊を通過して建物内に入ると、盛墨が立ち止まった。「あれを見てください」盛墨が天井に近い壁面を指さす。刳形に人を象った意匠が施されている。それほど意外な飾りでもない。


 「人だな。楽器を持っているようだな」昇陽王子が言う。

 そういうわれてみると、丸いものを二つ持っている人型が見える。楽器?と思ってその隣の人型をに目をやると瓜のような形のものに竿がついたものを抱えている。琵琶だろうか。

 そうやって他の人型に視線を走らせると、箱琴らしき方形の物を抱えたもの、弓を片手にした弓弦、棒を顔の横に両手で持ち上げているのは笛のようだ。

 「楽団の意匠ですね」

 「何の楽団だろう?」乗月王子が小首を傾げながら呟く。


 偉華の音楽、器楽には規則がある。演奏する楽曲によって、楽団の編成を変えるのがその一つだ。楽団の編成を見れば、何の曲を演奏するのか、予想できることがある。

 「明け方の曲ですね」と言ったのは、扶奏だ。

 「ああ、鈴か」人型の一人が手にしている乳房のような形の楽器が鈴だ。もう一方の手に持った撥で叩くことで音を出す単純な楽器だ。意外と演奏法は豊富で、難しいらしいのだが、鈴は夜明けを表す音として編成に加えられることが多い楽器なのだ。


 時刻がわかれば、自ずから見えてくる。

 偉華では演奏される曲には二通りある。一つには作曲者がいて、いつどの音をどんな長さで奏でるかが変化しないもの。これは教本曲とも言われ、楽器の練習のために作られたものが多い。子供の曲ともいう。

 もう一つは、即興曲だ。即興とはいうが完全に自由に演奏するというものではなく、様々な規則がある。

例えば、明け方であれば、いくつかの基本的な旋律が決まっている。その中から一つを選び、変化を加えたり、展開させたりして行く、というのが即興曲の演奏法だ。旋律を選んだり、どう変えていくのかを決めるのは、楽団の首位者だったり、全員が順番に決めていくやり方だったりと選択肢がある。

 即興曲には神の啓示が得られると言われ、当然、決まった教本曲よりも披露される機会が多い。


 楽団が演奏している曲を正確に当てるのは難しい。教本曲でなければ、わからないものなのだ。どの旋律が始点なのかを予測するくらいがせいぜいだろう。

 夏瑚は教養として一番基本とされている弓弦と笛、太鼓の手ほどきを受け、初級の教本を一通りさらった。それ以上の知識はない。

 舞踏の伴奏としての音楽についてはまた捉え方が違う。そちらについては興味もあったので、それなりに勉強している。


 建物の廊下の刳形は、建物の反対側の開口部までずっと続いている。両側同じ人型が向かい合っており、楽器の種類は7種、鈴、琵琶、箱琴、弓弦、笛、双鼓、大太鼓のようだ。

 「大太鼓は明け方には使いませんよ?」盛墨が首を傾げる。「そうだな、鈴と共に使われることはないな」「では、明け方を示しているということではないのでしょう」

 「いえ、鈴と大太鼓が共に使われる状況があります」それまで黙っていた扶奏が、刳形を見上げたまま言った。


 「そうなのか?」乗月王子が不思議そうに扶奏を振り返る。「扶奏が音楽に詳しかったとは思わなかった」「扶奏は何でもできると評判だよ。乗月の側近に選ばれたのも、優秀だからだと宇州侯が言っていた」昇陽王子は兄らしい柔らかな口調で口を挟む。

 昇陽王子は穏やかに言っているが、潜在的政敵の宇州侯に乗月の側近の優秀さを語られるとは、どんなやりとりがあったのだろうか。想像するに居合わせたくない状況だ。


 「そもそもこの刳形に意味があるのか?さっぱりわからん」盛容が一人取り残された感想を述べる。「隠し部屋を発見された碧旋殿を待ちましょう」劉慎が苦笑しながら宥めるように言う。

 そこからしばらくそれぞれあたりを見回したり、別の話題に興じたりしているうちにようやく碧旋が小脇に弓弦を抱えて現れた。

 「待ちかねたぞ」昇陽王子が早速声を掛け、「そうですか」碧旋は特に意に介さず、弓弦を腰骨の上に載せる形で構え直し、音を鳴らし始めた。

 


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