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学園の謎3

 昇陽王子の言葉で、旅の総括が始まったのだが、音頭を取ると思われていた昇陽王子は、両手を組んでその上に顎を載せたままの姿勢で、口を開かずにじっとしていた。

 兄が黙っているので、乗月王子がほとんど躊躇いを見せずに「それぞれの視点から得た気付きを語ってもらいたい」と皆に発言を促す。昇陽王子の出方を皆が窺っていた間がなければ、初めから進行役は乗月王子がする予定だったと言わんばかりの態度だった。


 盛墨が口火を切ることになって、やや戸惑いながら、話を始める。

 まず、周たちの活動が何を解決したと思うのか、ということから話していく。領地の活性化。周たちの活動のお陰で、領地の新たな産業が起き、雇用が生まれつつある。

 孤児院は、どこの領地にもあるが、そこの孤児たちはなかなかその近辺で仕事を見つけることができない。親から継いだり、教わったりする仕事がなく、親の伝手もないからだ。全くないわけではないが、貧しい地方では仕事そのものが少ないので、親のいる若者に仕事が回ってしまう。


 たとえ故郷であっても孤児にはその地域に拘る必要も少ない。結局より仕事のある都会へ移動することになる。

 そうなれば若者の数はさらに減る。

 嫁とりを考えて、女になりそうな孤児には早めに婚姻を申し込む者もいる。本来はそういう行動は慎むべきだし、寺院などでは禁止されているので、宗教団体が設けている孤児院では、門前払いされるはずだ。

 それでも国の法では明確な罰則がないし、地域の有力者の家であるとかで、孤児院の職員が賄賂を贈られて孤児を斡旋したりすることが時々発覚する。


 だが、斡旋された孤児がそのまま言いなりになるとは限らない。

 成人の儀式の前から女性になりそうな孤児と言うのは、大抵恋人の男がいるのだ。片思いのこともあるが、恋をしているために女に近づいてしまうのだと言う。もともとの素質が女に近いから男と恋仲になるのだとも言われる。

 どちらにせよ、女になりそうだと周囲から見られる孤児は、大抵添い遂げたい恋人がいる。そこに神官などが横やりを入れても、他人の思惑通りになることはない。

 恋人と駆け落ちしたり、仕方なく結婚しても子供を一人産めばお役御免とばかりに失踪したりする。中には追い詰められて自殺する者さえ出る。


 孤児の事情は様々だけれど、少なくとも故郷に頼りになる係累がおらず、仕事もなく、厄介事を押し付けられるとあっては、故郷に居つく者が少なくなるのも道理だ。

 平民の家では、大勢の子供は望めない。跡取りを得るのが精いっぱいで、出産の数が限られる。そのため、なかなか人口は増えない。

 人口を増やそうと思えば、孤児を定住できるようにすることが有効な手段だ。

 それには仕事を作ることが大事だろう。

 実際周たちの活動は、二人で始めたのに、今は孤児を雇って少しずつ事業を拡大している。これは、領主としては見習いたい成果である。


 ただ、これは当の地域としては成功と言えるが、国としてみればどうか。

 孤児たちは仕事のある都会に行かなかっただけで、国としてはそれほど変わりない結果だ。周の事業が雇用を増やすだけでなく、その収益は安定・拡大することで孤児たちの生活がより安定し家庭を持てるようになり、しかもそれが都会で得る仕事よりも効果的かどうかはっきりすれば、国としても意味があると考えられるだろう。


 「少ない人口をそれぞれの州で奪い合っている状態ということですね」乗月王子が言った一言に尽きる。

 どこの領地も労働人口の確保に頭を悩ませている。もちろん、仕事自体もあまりない地域もある。しかし、ここに集まっている学生たちの故郷はどちらかと言うと比較的産業なり、街道などの要所を持ち、豊かな領地だ。論科の班を組む際に、そのような意図が働いたのだろうか。それとも昇陽王子がこの顔ぶれを知って論科の議題を選んだのか。


 どちらにせよ、偉華にとって一番の課題であることは確かだ。

 その後、周の事業を他の領地に応用することの可能性について議論が交わされた。特に盛墨公子と、扶奏が熱心にそれぞれの領地でどのように試みるか、案を出していた。

 「碧旋殿は、どのように考える?」乗月王子があまり発言しない碧旋に気を使ったのか、話を振る。「そうですね、他の領地でもどう応用できるのか興味があります」盛墨が楽しそうに言った。「羅州では、どうですか?夏瑚殿は海州にも縁がおありと聞き及びますが、いかがですか?」


 「羅州では、既存の事業で既に人手が足りていないのです。新しい事業を始める余裕はありません」劉慎が答える。「人手不足はもちろん問題ですが、幸い、周辺の領地よりは我が領は活気があるので、最低限の人員は確保できております」

 劉慎の答えは控えめなものだ。実際は羅州だけが豊かで、他領から仕事を求めて人が流入している。だから人手不足と言うよりも、周囲の領主のやっかみをいかに躱すかを思案しているのだ。

 「そうなのですね」盛墨が少し目を見開いて噛み締めるように言い、一呼吸おいて夏瑚の方へ向き直る。「どこの州でも同じような悩みがあると思っていましたが、必ずしもそうではないのですね。海州も同じですか?」


 「私は海州の内政に関わる立場ではありませんので、わかりかねます」夏瑚は言わずもがなのことをわざわざ言う。それを言えば、ここにいる全員がそうなのだ。まず、正学生は未成年なので、公式には領地の統治には関われない。盛墨、扶奏ならばある程度は実権を持っていてもおかしくないが、学生に随行している時点で、ほとんど関わっていないことは明らかだ。

 しかし、夏瑚は海州にいた頃は平民だったし、今貴族としての身分を得ていても、それは羅州侯のお陰であり、直接海州との関わりのない身分だ。

 「私の持っている情報など大したものではございません。ただ、住民として感じたことがあるばかりです。敢えて申し上げれば、海州には、また他州と異なった問題が存在すると考えております」 

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