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学園の謎1

 夏瑚たちが指定された部屋へ向かうために学園の廊下を歩いていると、何やら話し合う声が聞こえる。中庭の方からだ。

 夏瑚が歩を進め、渡り廊下まで移動して中庭を眺める。

 中庭の周囲を屋根よりも高い木々がぐるりと囲んでいる。中央に東屋が設えられ、その四方に細い水路が走っている。

 学園には五つの中庭があり、その周囲を校舎や寄宿舎が囲む形になっている。ここは東側の中庭で、青の庭と呼ばれている。東屋や水路に青御影の石材が使われているが、花は特に青限定というわけではなく、特別な設えがあるわけではない。


 葉陰から透かし見ると、数人の行き来する姿が見える。

 「そちらの数値を報告してください」少しかん高い声には聞き覚えがある。盛墨の声だ。

 「盛墨公子ですね」と呟いて足を止めると、「そうだな。公子も論科の会合には参加されるはずだが」劉慎が首を傾げる。

 「まだ時間はありますから」夏瑚が言って、中庭に出て行く。


 あちこち動き回っているのは、盛墨公子の従者たちだ。車輪のような物差しを使っている。地面を転がして周囲の長さを測っているようだ。

 折り畳み式の椅子に腰掛けて、盛墨は画板を抱え込み、何やら記録を取っていた。

 「ご機嫌よろしゅう、盛墨さま。旅の疲れもすっかり解消されたようですね」夏瑚の挨拶に盛墨は顔を上げた。「御機嫌よう、夏瑚殿。何とか疲れも抜けたよ」

 「何をなさっておいでですの?」夏瑚が尋ねると、「うん、校舎の計測をしているんだ」と言う。


 「まあ、なぜですの?」夏瑚は本気で首を傾げた。確かに後者は古いが、特に補修が必要そうには見えない。それ以外で校舎の計測する場合が思いつかなかった。

 「部屋と校舎の長さの辻褄が合ってないんだ。それが気持ち悪くてね。碧旋も隠し部屋みたいなものがあるらしいって言うし、違和感を確認したくて」

 旅に出る前にそんな話をしていたような気がする。盛墨はさらに言った。「確かに少し数値の違いがある。でも、部屋を言うほど大きな誤差ではないんだけれど。建築家の知り合いに、このような数値のずれにどういう意味が考えられるのか、問合わせなければ」


 夏瑚は盛墨と共に論科の会合へ向かうことにした。盛墨は従者のうちの二人に、物差しを返却して記録紙を自室に保管しておくよう指示し、夏瑚、劉慎と連れ立って、指定された教室へ向かった。

 「盛容様は?」と聞くと、盛容は朝の鍛錬から直接教室へ向かうということだった。

 今日の会合では、何を話すことになるのだろう。あの旅も、論科の授業の一環として、行われたものだった。偉華の課題を検証する意味合いで行われた視察だったのだから、その振り返りをするのだろう。


 「盛墨さまは、検証されまして?」「いや、帰ってから疲れを取ることを優先していたから、あまり考えられていない」とため息をつく。

 「そうですね、ここで検証するには少し時間が足りませんでしたね。昇陽殿下がこれほど早く招集をかけられたのは、個々ではなく皆で検証をすべきというお考えからなのでしょう」

 指定された教室の前で、碧旋と、盛容、乗月王子たちと合流した。


 碧旋と盛容は鍛錬の後らしく、どちらもかなり飾り気のない服装だ。どちらも布の質はいいが、動きやすさを重視している服装だ。こうやって見ると、初対面の時は二人とも、やや気を使った服装だったらしい。特に碧旋は礼法の授業での服装との違いがすごい。

 この姿を見ていると、碧旋を女性として扱うのは難しいだろう。

 盛容はすっかり男友達のように扱っている。盛墨は碧旋に、校舎の計測の話を始めた。兄弟そろって打ち解けている。


 碧旋にどう接するのか、夏瑚と劉慎でも話し合ったことがある。ある意味、碧旋は扱いの難しい存在なのだ。

 学生としては碧旋は仲良くしていくべき相手だ。貴族としては油断せずに距離を取るべきだろう。接近することであまり得することはなく、王族と縁を結ぶことを考えるなら、競争相手となり得る相手で、しかし表立って敵対するわけにもいかず、弱みを握られるわけにもいかない。

 碧旋の行動から、本人は王族と縁を結ぶことは考えていないと判断しているが、乗月王子が碧旋に興味を示しているのは明白だ。王族が婚姻を申し出た場合、普通の貴族はまず断わらない。男性になるつもりであっても、女性になることが多い。貴族にとっても、王族の血を次代に伝えることは重要視され、貴族の義務だと考えられているからだ。ただでさえ女性になる者が少ない貴族であるが、そこを怠ると王族の血が途絶えかねない。そうすれば、王政の維持が難しくなる。王位継承から遠いものが継ぐのは、混乱を招く。


 現状では乗月王子の一方的な興味なので、夏瑚たちとしてはそのあたりには下手に関わらず、どちらかと言うと昇陽王子と縁を結ぶことを考えたほうがいい。乗月王子が碧旋と、昇陽王子が夏瑚ということも劉慎は考えている。

 ただ、昇陽王子は夏瑚に特に興味を示していないし、この先もわからない。

 盛容・盛墨兄弟は特に縁を結ぶ必要はない。身分は高いが、実権は握っていない家なので、劉家としてうまみはない。盛墨公子は女性になる可能性もあるので、競争相手とも考えられる。

 ただ、劉慎としては、貴族として仕事や政治的な側面で協力できる相手と繋がりを持つことは有用だ。王族とも、友人として関係を持つことができれば願ってもないことだ。夏瑚が嫁がなくても、学友だったという立場は得難いものだった。

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