顧侯子の行方3
「しかし、子供もいるのか?男がいないのに、どうやって生す?孤児を引き取るのか?」盛容が首をひねる。
「ご存じないのですか?」扶奏が思わずつぶやき、「失礼いたしました。男たちの間では噂になることが多い事柄なので、兵士たちの間ではよく知られているものだとばかり」と、盛容に向かって礼を取る。
「あー、そういうことか。思い出した、さすがに兵士どもも公子には遠慮があると見える」盛容は右手で頭をぐしゃぐしゃと引っ掻き回した。
夏瑚が後で姫祥に教わったところ、女主族は男性の客を受け入れている、ということだった。女主族で子供の欲しい女性は、その客に子種をもらって妊娠するのだ。無制限ではなく、自治政府が定めた規則によって客を選別して受け入れを決め、決まった形式で男女を引き合わせるのだと言う。
双方の合意によって、様々な形で関係するのだそうだが、長くとも子供の誕生までしか滞在は許されず、子供を得られなかった場合、半年を限度として退去させられる。
考えようによってはずいぶん非人間的な形態だが、一部の男たちには需要があるそうだ。例えば子供は残したいが、家族を養うには困難な者。子供は必要ないが、女との付き合いを求める者。但し、一度受け入れられれば、二度目はないそうなので、何度も娼館代わりに通うということはできない。滞在中も、酒などの制限もあり、喧嘩沙汰などにも厳しいらしいので、思うよりも遊びには程遠いという話だった。
確かに男性の間では話題になりそうな内容だ。尾ひれがついたり、誤解を招く恐れもあるだろう。
偉華では女性の方がやや少ないとされている。女性の方が制限が多く、何より出産しなければならないという圧力が強いうえに、無事に出産できそうなのは一人か二人、という通説がまかり通っている。通説というだけでなく、統計でも実際そのような傾向が見て取れるのだそうだ。
「女主族のことはなんとなくわかったけど、顧侯子が女主族とかかわりがあるのか?」盛容が話を戻す。
そうだった。意外な話だったのでつい興味がそれてしまったが、もとはそういう話だった。
顧侯子は貴族の嫡男だ。当然、いずれは正妻を娶り、後継ぎを儲けるだろう。女主族では子供は女主族が育てることになり、後継ぎにはし辛い。正妻に子供ができた場合、女主族の元に別の子供がいれば、ややこしい話にもなりかねないから、接点を持つとは考えにくいのだが。
「かかわりはないはずだ。顧家から学園に戻る最短経路に瓶淀山を通る箇所があったと思う。だからそのような話になったのだ。はっきりしているのは、その経路のどこかで顧侯子が消息を絶ったということ」
「碧旋殿は責任を感じているのですね」盛墨が呟く。
顧敬が実家に戻ったのは、碧旋ともめたからだ。
一般的に侯爵家に養子に入り学園に入学しるという流れは、人脈を築くために王族の末端貴族がとる一つの権力闘争の形である。顧敬がそうだと判断したのは無理もない。
但し、顧敬と顧侯爵、養子の碧旋との間に認識の擦り合わせがない。それが不自然だった。顧敬は碧旋の側近として入学する以上、人脈を築いていく碧旋を助けるのが役目だった。顧敬はそのつもりであったのだろう。
しかし碧旋の認識は違う。しかも碧旋によると顧侯爵の認識も碧旋と同じだということだった。
碧旋とはともかく、実の父親との認識が違うということはちょっと不自然だ。だが、顧敬は父親の意思を確認すべく、わざわざ実家へ赴いた。ということは、父親の思惑に心当たりがあり、確認する必要があったということだろう。
碧旋の言う通りだという心当たりがあるのだ。
それを信じたくなかった。それに自分の狙いを話し、説得して、父親を翻意させたいとでも考えていたかもしれない。
行方不明になったのは、そのこととは直接関係はないように思われるが、確かなことはわからない。
父親との折衝がどういう結果になったのかはわからないが、どういう合意があったとしても顧敬が行方不明になる結果に結びつくとは思えないのだが。
全く別の話なのだろうか?
「責任を感じたとしても、それはこらえてもらう。碧旋は優秀だろうが、一人で捜索したところで大して役には立つまい。心当たりがあれば別だがな」それが昇陽王子の結論で、納得するしかなかった。
夏瑚は碧旋が逃亡しないか案じていた。時折、馬車の紗幕を掲げて、碧旋を透かし見る。
碧旋は馬に乗り、うなだれているように見えた。乗馬の姿勢は保っている。それでも肩をすぼめて手綱を緩めている。よく訓練された馬なので、問題なく隊列について行っている。
碧旋は逃亡することなく、一行は滞りなく進んだ。
最後の野宿は、行きにも滞在した野営地で行われた。皆この道行きが終わることの期待から、表情が明るい。焚火も、簡素な食事も、携帯用の寝台の寝心地も名残を惜しまれている。
食事の間、盛容をはじめ、昇陽王子、乗月王子が護衛たちを労い、なぜか扶奏が笛を吹き、姫祥が乞われて太鼓を叩いた。夏瑚に踊りを強請る者はいなかった。さすがに侯爵令嬢に頼むのは失礼だと思ったのだろう。本来なら宴会で踊るのは貴族の令嬢がやるようなことではないからだ。