顧侯子の行方1
馬車に揺られながら、夏瑚は周たちから仕入れた商品の見本を手に販路を考えていた。
仕入れた林檎は半分が加工前のものだ。そのほうが輸送が簡単だったせいもある。だが生食に向いているものはあまり多くない。
周の実家は生食に向いている品種を多く栽培、販売していて、そことの差別化もあって加工に向いている品種を栽培するようにしているらしい。
加工も自分たちで行って商品化している。ゆくゆくは小売りも自前でする計画もあるのでは、と思った。周はそうは言わなかったが。栽培・加工自体もまだ人手が足りず、十分な量ではないのだから、あくまで今の時点では希望でしかないからだ。
農家は栽培だけするもの、と無意識に考えていたことを思いしらされた。自家の消費分を農家が作り、それが評判になって商品化する例はある。農家ではないが、海州では漁民は干物を作って売ることも多い。
だが流通・販売まではあまりない。そのための伝手や知識、権利などを一から蓄積するには長い期間と努力が必要だろう。そういう人間を取り込むことができれば、実現は可能だろうが。
逆に夏瑚の実家のように、流通と販売を請け負う商会が、製造のほうにどの程度関われるのだろうか?もちろん、製造側に要望を伝え、販売したい商品を製造してもらうことはできる。それとは違う取り組み方もあるだろうか?
いろいろ考えるのは楽しいが、学生であることを考えるとそれほど商売に時間は割けないだろう。結局父や異母兄に投げることになる。
自分は中途半端だ。商売に興味はあっても、それを自分の仕事にして集中してやっていくかと言われると、そういうつもりがあるわけではない。
夏瑚は馬鹿ではない。学園の入学試験を突破したくらいなので、読み書きや計算能力などはかなりあるはずだ。本も読んでいるし、知識も学んでいる。
でもそれは学園に入れと言われて、教師がつき、教材を用意されて、毎日勉強したからだ。問題を出されてそれに答えることはできたが、それだけだ。
現実に誰か困っていることがあって、それをどう考えて何が必要で、どうすれば解決できるかわからない。どの式を使えばいいのか、自分の知識がその問題にどう役立つのか、見当がつかないのだ。
商売は何度か、父の夏財がお膳立てしてくれて、商品の種類や、来歴、善し悪しの見分け方などを教わった。そのうえで、興味が引かれ、自分でも欲しいと思った物の情報を父に知らせただけだ。役に立ったとは思う。でもきっと、父にはそういう情報がなくても大丈夫なのだろうと思う。父は一代で裕福と呼べるだけの財を築いたし、優秀で勤勉な兄が二人もいるのだから。
それでも自分がやりたいのだから、と突き進む気持ちになれば楽になると思う。誰が何と言うと商売をするのだ、と思えれば、侯爵家の養女にもなることもなかった。
夏瑚は曖昧なのだ。商売は嫌いではないし、興味はあるが、それを一生の仕事、もしくは今それに集中して打ち込もうとまでは思わない。
自分と姫祥の安全のために侯爵家の庇護を得る必要があると説得され、それ自体には納得して従ったのに、その先にある政略結婚に腹をくくって向き合えていない。
学園に入学することも納得はしたので、それなりに勉学には励んだ。礼法も舞踏も真面目に練習したけれど、ある程度できるようになると力を抜いてしまうところがある。
時々、自分の中途半端さが嫌になる。
夏瑚はそれほど感情の起伏は激しくない方だ。それでも時折、一人静に落ち込んでいるときがあって、姫祥はそれに気づくのだけれど、放っておいてくれるのが有り難い。
「あっちにも落ち込んでるのがいますよ」
昼過ぎの休憩時に、姫祥がお茶を淹れながら言った。視線を遠くに投げかけている。どうやら後方の護衛たちが休憩を取っているあたりを見ているようだ。
「あー、あれなあ」盛容が夏瑚たちが座っているところに歩み寄ってきた。「兄上。こちらに戻られるのは珍しいですね」夏瑚の隣に座った盛墨が言う。
「うん。あいつが落ち込んでるもんだから、傍に居辛くなってな」盛墨の隣に盛容が座り、姫祥が差し出すお茶を受け取った。「昇陽、何言ったんだ?」
盛容の言葉に、夏瑚は昇陽王子を見た。
昇陽王子は夏瑚の向かいに座って、無言でお茶を飲んでいる。その隣にいる乗月王子が「兄上」と小さな声で呼ぶ。
昇陽王子はそんな弟をぎろりと睨んだ。「俺は正論しか言ってない」「それはわかりますが、もう少し、何と言うか」「優しく、か?」昇陽王子は苦笑して、ふっと息を吐いた。
「いえ、すみません」乗月王子は目を伏せた。卓上の茶碗には手をつけないままだ。
「何かあったのですか?」盛墨が不思議そうに聞く。
「田爵の屋敷で、碧旋が手紙を受け取ったのだ。それを読んで、離脱したいと申し出てきた」
「離脱?一足先に帰るということですか?」盛墨が聞き返し、盛容が顎を撫でながら「何が書いてあったんだ?」と言う。
「帰るのではなく、瓶淀山に行くと申してな。そこで顧侯子が行方を絶ったという知らせだったのだ」