表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
72/199

姫祥の『六感』4

 実際に姫祥を誘拐しようとしたのは、特に大きな組織などの人間ではなく、数人の金のない若者たちだった。人身売買の組織の誘いはあったようだが、計画が杜撰で失敗に終わったため、あっさりと切り捨てられたのだ。

 犯人たちは単に狙いやすいひ弱そうな子供を攫っただけで、姫祥が珍しい『六感』を持っていることを知ったからではない。宗教団体は、いくら貴重な『六感』を持っているからとは言っても、誘拐された子供を買うことはないはずだ。


 ただ、それを知れば、確保しようとはするだろう。その後はどんな境遇が待っているかはわからない。よい境遇を与えられるかもしれないし、自由を奪われるかもしれない。表向きは非難されないように取り繕うことは確かだ。

 それは希望とは違うが、もし奴隷として売られるようであれば、機会を見て聖別院に逃げ込むつもりはあったと、姫祥は言った。そうすれば、少なくとも殺されることはないだろう、と。


 姫祥の『六感』は、宗教団体以外では使いどころが難しいものだ。

 姫祥に後ろ盾があれば、仮に聖別院に入ったとしても、それなりの待遇を得ることができるだろう。『六感』をないものとして生きていくこともできる。その選択肢を得るために、姫祥は数年間、夏瑚に侍女として仕えることにした。


 夏瑚は平民だったし、生みの母は夏財の第二夫人だったので、別宅で母親と護衛と庭師、家政婦と暮らしていた。他に通いの下働きがいて、平民としては裕福な生活だったが、侍女や従者が常に身近にいて入浴などの身支度まで世話してもらうような上流階級とは異なる。

 高位貴族などは、実の両親よりも乳母や侍女のほうが接する時間が長い。自然と家族のようになっていたり、信頼関係があったりするものだ。


 しかし夏瑚にはそういう侍女はいないので、姫祥のように以前からのの知り合いで、相手にとっての利益を与えることで、ある程度信用できる姫祥は侍女として望ましかった。

 もちろん、侯爵家が手配すれば、侍女を見つけることは簡単だっただろう。侯爵家にそもそもいる侍女でもよいし、新しく雇ってもよい。むしろ侯爵家としては、貴族の生活に詳しい教養のある侍女を夏瑚につけたかった。


 夏瑚は姫祥を選んで押し切った。

 姫祥自身は侍女という仕事には興味がない。だから数年勤めたら退職するつもりだ。

 それでも夏瑚は姫祥を侍女にした。姫祥を助けることに意味があると感じていたからだ。姫祥とは顔見知りなだけで、それほど親しくしていたわけではないが、奴隷だった姫祥の父親と、夏瑚の生みの母には繋がりがあった。

 母が生きていたら、きっと姫祥を助けたいと思っただろう。


 姫祥としては、自分の『六感』が夏瑚の役に立てばよいと思っていた。

 夏瑚は恐らく王族か、高位貴族に嫁ぐ。夏瑚の『聖母』としての能力が求められているからだ。夏瑚にその能力があるのはわかっているが、相手はどうかと思うのだ。

 生殖能力の有無については、普通の成人には教えない。希望する人にだけ、有料で教えるらしい。だから、平民はあまり聞かない。

 貴族はたいがい聞く。次子以下でも政略結婚の可能性を考えるため、聞くことが多い。

 「あ」姫祥は思い出したことがあって、思わず声を零した。「沈さん、見ちゃいました」声を落として夏瑚だけに聞こえるように話す。

 夏瑚は眉をしかめた。それを見て、姫祥は続きを口にするのを止めた。


 夏瑚は溜息をついた。

 沈の抱える事情が気になっていたことは確かだ。つい、何があるのかを姫祥と話し合ってしまったのだ。それで一つの推測をしたのだが、それが姫祥の能力で答えがわかるものだったのがまずかった。

 男爵家の跡取りなら、生殖能力の有無は調べる可能性が高い。生殖能力がないと判定されたら、跡取りから外される可能性はある。他に後継者の当てがあれば。中継ぎの当主として、後を継ぐ場合もあるが、どちらにせよ、後継者を早急に探すことになるだろう。


 生殖能力の有無は男女ともあり得る。女性の場合は大きな問題になることが多いので、平民でもお金を払って鑑定してもらう人が少なくない。

 既婚の女性が子供を産めないのは、肩身が狭いことなのだ。出産は命懸けだが、一人目はそれほど危険だとは思われていない。女性にとっては出産は使命のように語られることもある。

 あまり口にしたくなかったのだろうが、それでも周には打ち明けるべきだったのではないだろうか。男爵家を出奔した男に黙って十年も寄り添っていた周なら、それでもいいと言っただろう。それが嫌だったのかもしれない。


 姫祥は後ろ盾になってくれた夏瑚たちに感謝はしていると思う。でも、忠誠心というほどのものはなく、自分の考えを通すところがある。自分がいいと思えば、夏瑚が止めても実行することがある。

 自分の能力を使って夏瑚の役に立ちたいと思っていることは有り難いが、周囲の人間の情報を盗み見るような真似は気が進まない。第一、その情報が役に立つかもわからないのだ。

 「子供ができなかったら、責められるのは夏瑚様でしょ」というのが姫祥の言い分で、確かに元平民としては、相手のせいであっても子供ができなかったら周囲からの視線は厳しくなるだろう。本人の能力はごく一部の人間しか知らないことだろうし、公表はされないからだ。


 夏瑚が嫁ぐのは絶対に後継ぎが必要とされる家だ。周囲から注目もされるはずだ。

 ただ、夏瑚が『聖母』だということも知られるはずなので、相手に生殖能力がないと判定されれば結婚話は無くなるだろうと思っている。だから姫祥の心配は杞憂だと言うと、「嫁が『聖母』だったらなんとかなるかもって、ごり押しされたらどうするんですか」と言い返された。 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ