姫祥の『六感』3
成人の儀式には、そういう問題が常について回る。
周囲の思惑は本人にとって重圧になる。資質には、本人の感情も影響する。
一方で、本人はそれほど拘りがなく、周囲の願いに従いたいと考えていても、資質によってはそれが難しい場合もある。どれだけ投薬を繰り返しても、まれに望む性別にならないこともある。
逆にすべてが揃っている場合は、聖水はほとんど必要がない場合もなる。
個人個人の資質や希望、状況が複雑なため、その過程に関わるのは難しい仕事になる。だが、聖別院と洗礼派にとって、成人の儀式は自分たちの存在意義を保証する神の奇跡だ。
『性判』持ちは是非とも欲しい人材なのだ。
もっとも、『性判』の確保は昔はそれほど難しいものではなかった。
ある程度の規模の都市の聖別院には必ず一人はいる『六感』で、『六感』の中では割とありふれている。宗教界の中では重要視される『六感』だが、一般的には有名ではない。他の仕事に応用が利くものではないからだ。
聖別院では、信者の中から素質のある子供を探す。大抵は二~三人見つかり、その中で神官になりたいと希望する者を見習いとして採用すればよかった。一人採用すれば、数年は探さなくて済み、人口の多い都市から見つからなかった町へ派遣することもできた。
それが洗礼派が設立されてから変わった。
洗礼派がなぜ分派したのか、関わりのない庶民にはわからない。ただ、聖別院から数人の高位神官がそれぞれの部下を連れて設立したらしい、と言う噂だった。成人の儀式は、基本的に同じように実行される。
もともと聖別院だった寺院が二か所、洗礼派に鞍替えしている。その後、新たに土地と資材の提供を受けて、洗礼派の寺院が設立されている。既に数か所、今後も増やしていくつもりなのだろうと思われた。
寺院を増やしていくには、人材も増やす必要がある。特に『性判』持ちは寺院に一人は必要なのだ。珍しい能力ではないとはいえ、そもそも『六感』を持つ人間は全体の二割ほどだ。特に規模を拡大していない聖別院でも、維持していくために『性判』持ちを探していた。増やしていくならば、さらに必要になる。
当然、洗礼派の信者の中からでは、数に限りがある。それ以外のところからも探し、勧誘することになり、それが聖別院、他の宗教団体との軋轢になる。
「能力もあり、です」軽い調子で言う姫祥に「別に知りたくないけど」と答えてしまう夏瑚だ。
これは夏瑚の本音だ。姫祥の能力は、成人の儀式ならば、相手の同意があるわけだが、今回はない。個人の秘密を勝手に暴いてしまっているのだ。もしかしたら、本人も知らないかもしれない秘密を。
『性判』持ちは、成人の儀式を行う寺院では必ず一人いる。しかし、姫祥のようなそれ以上の能力の持ち主は、そう何人もいないだろう。
姫祥の『性判』の力では、生殖能力の有無も判定することができる。
そういう『六感』持ちはどこの寺院にもいるわけではないから、成人の儀式で必ず判定するわけではなさそうだ。
それでも子供を欲するのは人間の根本的な欲求でもあり、跡取りを強く望む人は多い。聖別院と洗礼派のどちらにとっても、姫祥の能力は是非とも加えたいものだろう。
「まあ、意外ではないですけれどねえ」という姫祥の感想に、夏瑚も頷く。昇陽王子は見るからに男性らしかったからだ。「必ずしも見た目通りではないんですけど。劉慎様も安定されてますし」
そう、既に劉慎に関しても姫祥は『性判』をしてしまっていた。
故意ではなく、手が触れてしまえば『性判』は発動するようだ。ちなみに夏瑚も判定されているが、意外性がないので誰も気にしていない。
「できれば他の方を鑑定したいですよねえ」と姫祥は言う。夏瑚はちょっと首をひねる。「別に必要ないんじゃない?」「あ・ま・い・です!」姫祥はぴしゃりと断言した。
夏瑚自身は『性判』で王子たちの秘密を探ることに躊躇いがあった。綺麗ごとは言いたくないが、必要があると思わなければ他人の秘密など覗きたくない。
「情報は飯の種だって言ったのは、夏瑚様ですよ?」「それはそうだけど」しかしこの秘密は諸刃の剣だろう。使いどころが難しい上に、下手すれば相手を敵に回しかねないと思う。
夏瑚としては、信頼関係を築いて協力してもらいたい。
姫祥は夏瑚の目的に賛同している。それが自分を保護してくれた夏瑚に対する恩返しだと考えているからだ。
姫祥は父を亡くしたときに誘拐された。それ自体は特に姫祥を狙ったものではなく、幼い子供を攫って売り飛ばす事件は多発しているのだ。貧しくて、保護されていない子供は真っ先に狙われる。
姫祥の父親はもともと同じように攫われた奴隷だった。それを神官長たちが解放してくれたのだ。彼は寺院の保護を受けて、貧しいながらも結婚して真っ当に暮らしていた。亡くなったのは突然だったが、病気だった。
家に男手がなくなるのは、家の守りが弱くなることを意味する。姫祥がもう少し年上で、腕っぷしの強い性質だったら攫われなかったかもしれない。けれど姫祥は見るからにひ弱だった。