姫祥の『六感』2
洗礼派では、この『六感』は『性判』と呼ばれているそうだ。
一番の使い道は、成人前の未成年者がの性別を判定すること。つまり、その人の性の傾きを測るのだ。
なぜそんなことが必要なのかと言うと、成人の儀式に原因がある。
成人の儀式の仔細は、部外者には秘匿されている。当然だろう。成人の儀式によって、男性化・女性化がもたらされるので、儀式を行う聖別院と洗礼派は他の宗教組織に対して圧倒的な優位を保っている。
偉華は特に国教を定めていないし、国の施策・法律に違反しなければ、どのような宗教でも特に規制しないが、他の宗教団体は存在感が薄い。聖別院の性をもたらすという機能は、これ以上ない実利であり、神の恩寵だったのだから。他の宗教団体では、これほど明確なご利益を表すことはできない。
洗礼派は聖別院から分かれた分派で、こちらも成人の儀式を行うことが可能だ。そのため、設立されて二十年ほどなのに、どんどん力をつけ、信者を増やしていた。
夏瑚と姫祥が出会うことになった寺院は、聖別院の神官だった尼僧が、設立したものだった。
どういう経緯で聖別院から離脱することになったのかは、夏瑚たちは知らない。
ただ、その寺院では成人の儀式は行わなかった。恐らく、行わないことを条件に離脱したのではないかと夏瑚は睨んでいる。
尼僧、夏瑚たちは院長と呼んでいるその人は、成人の儀式は行わないが、成人の儀式についての知識はあった。
「『性判』の力は、成人の儀式には必要不可欠です。その人の性の傾きを知ることで、どれくらいの聖水が必要かわかりますから」
院長は、姫祥だけでなく、夏瑚にも説明してくれた。なぜ姫祥が危険なのか、理解するためだ。
聖水というのは、性別をどちらかに傾ける作用のある一種の薬だという。
「未成年者の状態というのは、崖っぷちを歩いているようなものなのです。ふらふらと揺れかねないもの。しかし、歩く方向のようなものがあって、どちらに落ちやすいのか、突き止めるのが『性判』です」
姫祥の場合、相手の体のどこかに数秒触れれば、判定できるらしい。
成人の儀式では、その判定をもとに、聖水の量、服用期間を決めているらしい。
聖水の成分は、院長も知らなかった。聖別院には、奥の院のどこかに、聖水を得られる井戸があるとのことだった。「私は見たことはないんですけどね。二つの井戸があって、そこの水にはそれぞれ男性化、女性化を促す働きがあるんだそうです」
未成年者の中には、もともと男性化しやすい人、女性化しやすい人、という傾向があるということだ。
まずそれを把握したうえで、男性化・女性化の決断を聞き、それに合わせて聖水を処方していくことになる、というのが成人の儀式の流れだ。
夏瑚は、白い服を着て、家族親戚に囲まれて、牛に乗って聖別院に行き、花の冠を被せてもらえば男性に、花の首飾りをかけてもらえば女性になったという、成人のお祝いが成人の儀式だと思っていた。実際はその日以前に、聖別院を訪れて性判定を受け、意向を聞き、何度か聖水を摂取するのだという。
一般的にはあまり使い道のない『六感』だが、聖別院と洗礼派では重要視されている能力だ。もし、姫祥が聖別院か洗礼派に属した親を持っていれば、囲い込まれていただろう。
その方がよかったのかもしれない。幼い頃から囲い込まれれば、他の選択肢は選べないにせよ、誘拐などの評的にはならなかっただろうから。
姫祥の不幸は、この奇妙な『六感』を守れる両親のもとに生まれてこなかったことだろう。
姫祥はその『六感』のお陰で、性の傾きについて博識だ。
夏瑚は自分が生まれながらにして女性であることで、あまりそういう知識に興味を持たなかった。自分の女性度が八割と聞いてずいぶん驚いたものだ。自分に二割も男性的な要素があるとは思っていなかったからだ。
姫祥によれば、多くの人がその性別の六割から九割の要素を持つそうだ。反対の要素をいくらかは持っているのが普通らしい。それでも生殖能力には問題はなく、性別の要素と生殖能力は必ずしも等しいわけではないようだ。そのあたりの関連は姫祥にもわからないと言っていた。
昇陽王子の性の傾きを知りたかったわけではない。王子の言動は、安定した男性傾向を見せていた。
同級生の侍女が、王子に触れる機会はまずないだろう。今回はたまたまだった。
昇陽王子は立場としても、本人の資質としても男性になるのだろう。そういう人間にとっては、姫祥がこっそり鑑定をしようが、あまり気にならないかもしれない。そういう『六感』持ちの人間を欲したりもしないだろう。
しかし、世の中には結構立場と資質が釣り合わない場合が結構あるのだ。
例えば第一王子がそうだろう。王族は基本的には皆男性になることを望まれるものだ。まあ、第一王子の場合は、下手に後継者争いをしなくともよいと考えると、女性になることが悪手とも限らない。本人が望むなら、そちらの方がよいだろう。
だが、もし、たった一人の跡取りだったら?周囲は男性化を当然視するだろう。でも、本人の資質が女性への傾向を示していたら?
逆の事態もあり得る。本人は男性になりたいのに、女性になるよう圧力をかけられたら?