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姫祥の『六感』1

 予定通り、夏瑚たちは田爵邸を出発した。

 一人、沈慧が護衛の中に加わっている。

 周瑶は、仲間と田爵と並んで礼を取り、一行を見送った。彼女の表情は穏やかなものだった。

 対する沈慧は少し緊張しているようだったが、意識は両王子や高位貴族に対して向いている様子に見えた。

 良くも悪くも、夏瑚のお節介は何の影響も持たなかったのだろう。

 まあそれは半ばわかっていたことだ。余計な未練もないということであれば、それはそれでいいことなのかもしれなかった。


 お節介は役には立たなかったが、周は山ほどの商品を売ってくれた。献上してくれた物もあるが、夏瑚は自分への献上品は断った。正当に買い上げることにしたのだ。量としては個人的に使用する分に毛が生えた程度なので、金額も侯爵の養女としては問題ない。

 生の林檎に林檎酢、林檎酒。それから林檎の葉と皮を使ったお茶や香料もある。夏瑚はそのうちのどれくらいを侯爵家に送るか、父の夏財に送るか思案しながらにやついている。


 お茶と香料は夏瑚も初めて目にした。他は使ったことはあるが、夏瑚の故郷の海州では、一般的な平民が気軽に食べられるものではなかった。地元の果物ではないからだが、それだけに海州に持っていけば珍味としてそれなりの儲けが期待できる。

 侯爵家としてはみみっちい話だろう。単純に売るよりも、もっといい使い道を考えようと思うとさらに表情が緩む。

 「顔」冷たく姫祥が呟くので、相当ひどい顔になっているらしい。

 一行が休憩と取るころには、なんとか表情を引き締めた直した夏瑚だった。


 正午前に街道沿いの広場に着き、休憩を取ることになった。

 火は一つだけ焚き、茶を沸かす。生水をそのまま飲むと腹を壊すことが多いから、生水でも飲める水場以外では暑くても一度煮沸する必要がある。飲むときは汗をかくが、蜂蜜や麦芽糖を入れて飲めば疲労にはよく効くのだ。

 それ以外に林檎などの果物、干し棗などを食べる。


 姫祥が夏瑚たち学生に茶を配る。盆を捧げ持ち、まず両王子からだ。

 学園でも同じように論科でお茶を飲む機会はあったが、学園の給仕がお茶を淹れ、それぞれ正学生の従者や側近が受け取っていた。

 ここでは給仕がいないから、夏瑚の侍女である姫祥が給仕役を買って出た。護衛たちまでは手が回らないので、自分たちで淹れてもらい、姫祥は正学生と側近の分だけを淹れる。

 側近の扶奏が乗月王子の分を受け取り、王子に手渡す。側近が身近に控えているのは乗月王子だけだ。盛容、そして碧旋は護衛に混じってしまっている。関路は側近だが、護衛としての仕事が主なので、武器以外の物で手を塞がないのだ。


 給仕から正学生が直接受け取らないのは、身分上と毒味の問題があるからだ。

 両王子は特にその問題が大きい。それでもしばらく学生同士として接してきたこの面々の中では、身元が明らかであることもあるし、そういう警戒心は薄れてきた。実際昇陽王子は姫祥が差し出した盆の上から茶碗を何の躊躇いもなくとる。


 盛墨と話しながら茶碗には目を向けず掴んだので、少し熱かったのか、王子は盆の上に碗を戻す。

 「大丈夫ですか?火傷されましたか?」姫祥が俄かに緊張する。「いや、私が余所見していたせいだ。大事ない」昇陽王子はうっすらと微笑みながら手を振る。

 夏瑚は自分の手巾に、卓上に置かれていた水差しの水を浸し、姫祥に近づいて濡れた手巾を渡す。姫祥は「失礼いたします」と、昇陽王子の手を手巾で丁寧に拭う。「少々赤くなっておられますが、火傷というほどではなさそうですね」姫祥は頭を下げ、「お茶を淹れ直して参ります」と下がっていく。


 夏瑚は姫祥を見送り、「申し訳なく存じます」と立ち上がって地面の膝をつこうとすると、「いや、気にするな。あの者のせいではない。私の不注意だ。謝罪も必要ない。立て」「感謝します」

 夏瑚が元の位置に腰を下ろすと、姫祥が戻ってきて新しい茶碗を盆に載せて昇陽王子に差し出す。

 続いて盛墨、劉慎、夏瑚にお茶が差し出された。空になった盆を持って、火の側に戻る姫祥を劉慎は黙って見送っている。


 休憩が終わり、夏瑚たちは再び馬車に乗り込む。

 馬車には木製の屋根が取り付けられているが、壁はなく、替わりに数枚の紗幕で覆われている。真冬の北方では使えない型の馬車だ。その紗幕を屋根を支える柱に結わえ付けると、移り行く景色と風を楽しめる。

 夏瑚はあたりの風景を眺めながら「何かわかった?」と言う。

 「わかりましたけど、あまり面白くはありませんよ」と姫祥は落ち着いた声で言った。

 「昇陽王子よね?」夏瑚が念を押すと、「そうです。予想通り、安定されてますね。まあ、まだ成人の儀式そのものはまだ受けられていないようですけど、問題なく男性化されるでしょうね」つらつらと姫祥は説明する。


 姫祥が危うい目に遭ってきたのは、この『六感』のせいだった。

 この『六感』は、宗教関係者の間ではわりとよく知られた力だ。なぜならそれは成人の儀式に役立つ力だからだ。逆に言えば、それ以外の場合では、それほど役に立つものではない。

 その『六感』は、触れた相手の性別を見分けるというものだ。正確には、その人間の性別の傾向を知ることができるのだ。

 姫祥によると、成人して男性・女性に肉体が固定されていても、揺らぎのようなものがあって、全ての要素が一方の性別にだけ偏っているということはないらしい。つまり十割全部が男性・女性に染まり切っている人間はいない。 

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