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宴4

 昇陽王子はじっと夏瑚を観察していた。

 踊り自体は上手だと言ってもいいだろう。これならば、恐らく古典も随分踊れるはずだ。それは望ましい教養だ。

 だが、どうだろう?敢えてこのような踊りを踊る意図は何なのか。


 昇陽王子は周囲の顔ぶれを見渡す。

 夏瑚の踊りに瑕疵を見出すのは、盛墨、扶奏、乗月くらいだろう。

 他の面々はそのような素養がないか、踊りに特別な関心がない。

 盛墨と乗月には素養があるが、夏瑚の瑕疵をそれほど深刻には受け止めないだろう。このような踊りが好きか嫌いかにもよるが、これを瑕疵だと受け止めても、それですべてを決めつけるような性格ではない。

 問題視するとすれば、扶奏だろう。扶奏は乗月の妃候補を探している。当然、盛墨、夏瑚、碧旋はそういう目で見ているはずだ。採点しているつもりなのかもしれない。だとすれば、この踊りは欠点になる。


 夏瑚自身がそういう受け取られ方をする可能性を知らないとは思えない。

 平民出身とは聞いているが、羅州侯が養子にするような人物が、自分の立場を理解していないわけがない。

 夏瑚の踊りはよく訓練されたことがわかる踊りだ。こつこつと鍛錬してきたのだろう。師範に教わって、基本の古典も踊れるはずだ。初めの神に捧げる舞がそれを物語っている。その教えからも、今、自分の踊りがどう評価されるか、自覚していると思われる。


 今日の面々は社交上のうるさがたにこの瑕疵を漏らす者はいない。まあ、居たところでそれですべてが終わるわけでもないが、面倒なことにはならないで済む。瑕疵だとしてもここに居合わせた数人の心証に影響を及ぼす程度だ。

 影響を及ぼしたいのか?

 一番考えられる影響は、妃としては不十分だと思われることだ。本心では妃にはなりたくない?それとも他の意図があるのか?



 篝火に照らされた夏瑚は、周囲の反応を拾い上げていく。

 舞台に立つときはこれが結構大事だと思う。観客の反応を見極めていくこと。それに合わせてこちらもどう踊るのかを考えるのだ。

 振り付けのかっちり決まっている古典でさえ、実は細かなところで、どうすれば観客の反応を押さえられるのか、どうすれば盛り上げられるのか、という技術がある。

 増してや、平民の踊りである。民派、劇派、新作などと呼ばれるそれらの踊りには、もっと様々なやり方がある。


 こちらが明るいので、観客の表情は見えづらいところもあるが、劉慎の硬い表情はよくわかった。予想通りでもあるからだ。

 がっかりさせてごめんなさい。

 劉慎は、夏瑚にはいつも親切だったし、何かと心を砕いて世話をしてくれた。こちらが平民だからと下に見るでもなく、慣れないながらも妹として扱ってくれた。それはもちろん、家のためということもあるだろうが、そもそもそういう性質だからなのだ。目の前にいる人が困ったり苦労していたりすると、手助けをしてしまうというような。それが家臣であってもそうなので、本当にいい人なのである。


 できれば彼の期待を裏切りたくはなかったが、仕方がない。

 そもそも王族に嫁ぐなど、夏瑚には荷が重いのである。

 なのになぜこうなったかと言えば、夏財では夏瑚たちを守り切れない可能性が高くなったからだ。そのため、より力のある庇護者を求める必要があった。

 自分たちを守るためには、自分自身が力をつけるか権力者に庇護を願うかになるが、性別を自分で選べなかった夏瑚には出世の道は閉ざされていた。結婚しないと考えているわけでもなかったから、結局侯爵の養子になること、ゆくゆくは高位貴族か王族に嫁ぐことを目指すことに同意した。


 王族に嫁ぐのは荷が重いが、拒否しているわけではない。だが、自分自身を殺して嫁ぐつもりはなかった。

 夏瑚にも譲れない一線がある。それを認めてくれる人でなければ嫁がない。そう、決めている。

 この踊りはそれほど問題にはならないはずだ。夏瑚にとって譲れないというほどのものではないけれど、夏瑚を見る目を少し変えるかもしれない。

 だが、それはあくまで余禄。


 頃合を見て、姫祥は劉家の護衛の一人に手を振る。

 護衛の中でも一番愛想がよく、姫祥に平気で話しかけてくる奴だ。案の定、自分を指さした後、笑いながら姫祥のところまでやって来た。

 姫祥は自分の横の円座を目で示す。彼がそこへ座ると、さっさと太鼓を差し出す。一瞬戸惑ったようだが、すぐに後を引き受けて同じ拍子を叩きだした。


 夏瑚の踊りは単純な動きになる。同じ足の動きで、太鼓の音に合わせる。姫祥は夏瑚の少し斜め前で

同じ振り付けを踊る。手は大きく頭上まで振り上げて、これも太鼓に合わせて叩く。太鼓の音と手を叩く音が重なっていい音が響く。

 単純な拍、動きなので、その拍を拾った動きをする者が現われる。それを見て、夏瑚と姫祥はそこへ移動して、一緒に踊り始めた。


 平民の間ではみなが踊るという祭りもあるが、貴族階級では一般的ではない。貴族階級では、踊りは見るものだ。神事の一つとして、宴会の催しとして見守り鑑賞するものだ。

 神事で行われる舞は、神への捧げものなのでとても凝っていて難しい振り付けや動きが多い。宴会での催しとしての踊りもそうだ。そこで踊るのは、踊りがうまく容姿も美しい者であり、そのすばらしさ美しさが鑑賞に堪えるものでなければならない。一流の踊り手でないと踊れないのだ。  

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