第一の課題の顛末10
顛末がなかなか終わらない・・
使者は王子の顔などは知らない。男爵の家臣の一人である。そうそう王都に赴くこともない。四年に一度、王都で王に拝謁する行事があり、貴族家の当主は赴くが、その随伴に選ばれればともかく、そうでなければ王の顔も見かけることもない。
王子たちも公式行事にはそれなりには参列しているが、成人前後の人間の顔は変わりやすいものだ。仮に今から四年前に会っていたとしても、十歳前後の子供だったはずだ。今とは様子が違っていて当然だ。
それでも銅鑼と角笛の形式を用いれば、許可のない者では咎めを受ける。王家を僭称したことになり、不敬罪が成立してしまう。銅鑼と角笛の演奏をしただけなら、大して問題ではないが、この形式を伴って命令したということになれば、偽りの王命となるからだ。
男爵の家臣という、それほど裕福に慣れていない者の目にも、今現れた貴人たちの纏う衣装の豪華さ、格式の高さは明らかだ。
使者は膝を折り、それを見て背後の兵士たちも慌ててそれに倣う。
止めの銅鑼が打ち鳴らされ、その余韻が収まるまで、みなじっと待つ。
余韻が消えたところで、徐に声を発したのは昇陽王子だった。
「天と地、四神守り給う偉華。建国の始祖より七代、今上王の第二王子昇陽、王に代わりて告げる」
夏瑚は宣旨を聞くのは初めてだ。地方の者は、直接聞く機会などなく、通知書を受け取るだけだ。地方の民に宣旨が下ることはあまりない。命令があっても、結局領主などに命じられ、その領主が命令することが多い。領主の命令よりも、裁判の時に判官を務める領主や代官が、開廷の令や判決の令を読み上げるときの決まり文句に似ていると思う。
「天と地、四神守り給う偉華。建国の始祖より七代、今上王の第三王子乗月、王に代わりて告げる」
昇陽王子の名乗りから、さほど間を置かずに乗月王子が続く。昇陽王子の声は淡々としていたが、乗月王子の声はそれよりもやや高く、抑揚が効いた声だ。
乗月王子の名乗りが始まった時点で、夏瑚の隣にいた劉慎の口から洩れた息がひゅっと微かに鳴った。とても小さな音だったので、恐らく気づいたのは夏瑚だけだろう。王子たちが発声する間に邪魔をするような行動は慎まなければならない。それほど気にしなくても問題ないはずだが、夏瑚よりも礼儀作法にうるさい劉慎がそんな失敗をすることもあるとは、珍しい。
「畿州田爵関保、周商会を保護、後援した功を認める。褒美として、絹十匹、銀五十両を下賜する。引き続き、産業を保護し、育成に努めよ」田爵は昇陽王子の前で、地面に両手を揃えてそこまで頭を下げる。「拝領いたします。今後もご意思に沿うよう努めます」
昇陽王子としては、田爵の息子である関路のこともあるので、男爵位を授けてもよかったのだが、田爵自身が引退した身の上なのに出世するのは嫌だと拒否されたのである。それに男爵となれば、領地持ちになり、公爵家の領地を削る恐れがある。こことは違う場所に新たな領地をもらうのも気が進まないし、領地を治める激務を担えそうにない。息子を呼び戻す羽目になる、と言われて昇陽王子は諦めた。このまま、ここでのんびりと農園を守ってもらうのがいいだろう。
これで少なくとも、王のお声がかりで、商会を保護するという大義名分を授けることができた。
「周商会会頭、周瑶。事業を立ち上げ、地域の振興に努めた。此度の王家への献上品、確かに受け取った。この先さらに精進せよ。王家御用達を名乗ることを許す」
これは節約したな、と夏瑚は思った。王家御用達を名乗るのは確かに名誉なことだし、顧客に対して一定の宣伝効果はある。けれど、案外御用達商会は多いのだ。
父夏財も御用達を名乗る許可を得た。例の緑色の長衣を始め、かなり色々献上したからで、今後も定期的に海州の物産と輸入品を献上する話になっている。
周たちに御用達を名乗る許可を出すと聞いた時、昇陽王子の表情が非常ににこやかなのが空恐ろしかった。
対して乗月王子の方は、「兄上だけにお任せするのは心苦しい」と言い、扶奏の勧めもあって宣旨を引き受けたのだが、それも昇陽王子の思惑通りなのだろうと思う。
盛墨が宣旨を受けて、関田爵に褒美の品を渡す。一応、この役目にも一定の格が必要なので、ある程度の地位のある者が務めることになっている。盛墨では地位が高すぎるが、ただの護衛では地位が低すぎた。しかし旅先で護衛と側近以外の文官はいないため、盛墨も面白がって引き受けたのだ。
田爵への褒美の授与が終わると、使者は少し顔を上げ、様子を窺った。
そもそも田爵に手出しするつもりはない。周には思うところもあるが、今回の任務で一番重要なのは、男爵家の嫡子を連れ戻すことだ。今、宣旨を賜った周とともにいる商会の者たちの中に、沈はいない。沈は護衛たちに混じって礼を取っている。これはいい兆しに思えた。
そこに乗月王子の声が響いた。
「加州槙県包郷主が嫡男沈彗。此度の任に対し、これを労う。今後の任として、王族の近衛に加わることを命ず」