第一の課題の顛末9
どうやら昇陽王子は初めから落としどころを考えていたようだ。
銅鑼と角笛を用意していたということは、宣旨も予め用意していたはずだ。
では、ここにわざわざ夏瑚たち学生を引き連れてやってきたのは、どういう思惑があってなのか。
「私たちを試していたのかもね?」と夏瑚が呟くと、姫祥が持参した中で一番金糸を使った長衣の端を夏瑚の肩に掛けた。襞を整え、金の小さな輪を繋げた鎖の先端の飾り針を刺した。
「どういう行動をとるのか、見ていたということ?」姫祥は針を止めながら言った。「そうかもしれないわね。なかなか腹黒い王子様だ」
「相変わらず毒舌。仕方ないよ。仮にも王位を継ぐ人だもの、そんなに単純でも困るでしょ」「それはそうかも。でも、もう一人の王子様は、それほど権謀術数が得意ではないみたいね?」
「それはまだわからない。見た目だけでは判断できないし」
姫祥は少し夏瑚から離れて、夏瑚の全身を眺めた。それから髪飾り、耳飾り、首飾りの位置を調整していく。
夏瑚は自分で指輪、腕輪、足輪を身に着ける。「こんなにじゃらじゃら着けるの、好きじゃないのに」どれも結構金の量を使っているので、重いのだ。
「王子様の命令だからね」姫祥はぐるりと夏瑚の周囲を回って、満足そうに一つ頷いた。
「で、試されているとして、夏瑚はどうするの?一応、これで一件落着と言うわけだけど、何もしないの?」
「何をする必要もないとは思うけど」夏瑚は少し考え込む。
周の手を思い返す。しっかりとした固い手で、少し荒れていた。農作業で培われた手だ。その手で、沈を守っていたのだと思う。
その思いが報われないのは他人事でも寂しい。せめて最後の思い出でも作ってもらおうか。
「姫祥、太鼓は持ってきた?」
「小さいのだけ。あと、鈴の足輪もある」「それなら何とかなるか」夏瑚は姫祥に荷物の中から小太鼓と鈴付きの足輪を二つ、出してもらった。
「夏瑚のその恰好だと踊れないわね。仕方ない、私が着替えるか」
劉慎は自分の身支度を終え、昇陽王子にこの後の段取りを聞きに行った後、夏瑚を迎えに来た。
貴族の娘としては、かなり短時間で身支度を整えた夏瑚が部屋から現れた。劉慎はじっと夏瑚全身を眺め、「似合っている。でも、頭紗を被ったほうがいい」と言って、夏瑚の背後にいた姫祥に目配せをした。
姫祥はせかせかと衣装箱から金糸で縁取りされた白い頭紗を取り出した。夏瑚の長衣は紫がかった木槿色だが、同じ色の紗は持参していないのだ。行事によっては、女性が頭紗を被ることもあるが、普段はあまり被らない。
ただ、未婚の貴族の令嬢が、正体のよくわからない人物の前に出るのだ。男爵家の使者とは言っても、厳密に言えば証明されたわけではない。
女、特に令嬢とやらは時に面倒な習慣があるものだ。
夏瑚は渡された頭紗を自分で被り、姫祥は再び小太鼓と鈴を持つ。劉慎は姫祥の手荷物を見て、「そんなものを持ってきたのか?」と思わず言った。「軽い物ですから」へへっという照れ笑いと共に夏瑚が答えると、劉慎はため息をつきつつ、頭紗の襞を整えてやった。
二人並んで歩きだしながら、「まさかとは思うが、あれをやるのか?」心配そうに劉慎が聞く。
「いいじゃないですか。この後、きっとお祝いになるのでしょうから」
銅鑼と角笛の音はますます大きくなり、やがて整列した護衛たちの間に、田爵と周達が移動してきた。先導してきたのは扶奏である。扶奏はこれ見よがしに門の内側の一角に彼らを集めた。
「扶奏。いつの間に来ていたんだ」盛容が驚いて声を掛ける。「先ほど到着いたしました。ご挨拶が遅れ、申し訳ない」「驚いたな。用は済んだのか?」「お陰様で、滞りなく」
扶奏はここまで結構な距離を移動してきたはずであるが、凝った刺繍を施した長着を緩く羽織り、いかにも直前まで寛いでいたように見える。長着の前を閉じずに、下穿きを押さえた腰布に縫い付けられた宝石がいくつも光っている。
その扶奏がいささか遠慮した態度を取る盛容と、その盛容に対等以上に振舞う碧旋。使者はじっとその光景を見ている。田爵の顔は見知っている。その田爵はこの三者に恭しい態度を取る。
そこへさらに駄目押しの一団が現われる。
いかにも煌びやかな出で立ちの乗月王子の登場である。
扶奏の衣装がずいぶん豪華に思えたのに、王子と比べると、控えめに見える。銀朱を地に金銀の刺繍を施した衣、額には飾り紐がまかれ、明るい髪色を透かして大きな金剛石が覗いている。
片手に剣を携えている。剣は緩い曲線の半月剣で、これと言った装飾はないが、柄に王家の印が入っているものだ。
乗月王子のすぐ後ろに、昇陽王子が続く。色彩は金青の衣、刺繍は昇陽王子よりも抑えている。昇陽王子の手には、銀の輪で丸めた紙の筒を持っている。
銅鑼を鳴らす者と、角笛を吹き鳴らす者が左右に大きく広がって歩いてくる。その間を、盛墨公子、劉慎侯子、夏瑚たちが進んだ。
碧旋がくるりと方向を変え、素早く地面に膝をつき、両王子に向かって礼を取る。盛容公子もそれに倣い、護衛たちは一斉に額づいた。