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第一の課題の顛末8

 「それはそうだな。そう申すならば、何か手を打ってくれると?」昇陽王子が微笑みながら言う。

 これは半分命令みたいなものだな、と夏瑚は思う。というか、課題だなんだと称していたが、昇陽王子の目的はこれだったのだろう。

 「乗月王子の名の下に」と扶奏が応じる。


 当の乗月王子はきょとんとしている。解決するのに、王家の権威を使うということだろう。

 でも、それならば、昇陽王子でも可能なはずだ。

 いや、公爵家の権威でも可能だった。もっと言えば、夏瑚の侯子の地位であっても、出来ないことではない。反発はされるだろうし、なにがしかの埋め合わせもしなければならないかもしれない。例えば、男爵家に利権を一つ譲るとか、役職を世話するとか。

 余計な口を出したとして、羅州侯には叱責されるだろう。芳しくない噂もたちそうだ。王家に嫁ぐには好ましくない噂になる。


 地位が高い者のほうが、容易であることは間違いない。

 「私が?兄上がなさるのではないのか?いやだと言うわけではないが」乗月王子は昇陽王子に視線を送りながら、口ごもる。

 「私も力は貸すが、乗月にも一枚噛んでもらいたい」「それは構いませんが」乗月王子は今度は扶奏を見る。「そのほうがよろしいでしょう」扶奏がうなずくと、安心したように乗月王子も頷いた。


 扉を叩く音がして、「両殿下、ご準備をお願い致します」と声がかかった。

 「準備?」盛墨が首を傾げ、王子たちを交互に見る。

 「そろそろ時間切れと言うことだ。関路、誰ぞに銅鑼と角笛を。後はそうだな」昇陽王子はぽんと手を打った。「全員、衣を改めよ。できるだけ脅しが利くように、念入りに」



 一言だけ、沈慧が自分の口から戻るつもりはないと断言した。

 その後はひたすら、碧旋と使者のやり取りだ。どちらも引く気がないから、平行線だ。

 使者がどん、と片足を大きく踏み鳴らすと、後ろに並んで直立していた兵士たちが揃って体勢を変える。それぞれの右側に立て、柄を地面に付けていたが、それを自らの正面に真直ぐ立て、両手で構えている。

 戦闘の体勢ではないが、休止の体勢でもない。

 戦闘の体勢に移ってしまえば、宣戦布告、決闘の申し込みとみなされることもある。


 盛容が碧旋の隣に移動してきた。まだ剣には手をかけていないが、表情は厳しく引き締まった。

 「心配ない。聞こえてきた」碧旋は盛容に振り返って、にやりとした。

 「聞こえてきた?」盛容は鸚鵡返しに言い、耳を澄ませてみた。

 沈慧は黙っているように指示され、それに従っていたが、気が気ではなかった。周囲の他の護衛たちがきょろきょろとあたりを見回し、囁き合っている中で、沈慧は油断なく使者と兵士を見ていた。

 だが、確かに何か聞こえてきた。


 腹に響く音だ。何かを叩いているのだろうか。続いて、夜の沼地で聞く鳥の鳴き声のような音がする。さらにまた前の音がし、続いて鳴き声のような音。

 恐らくその場にいた全員が耳を澄ませて聞き入っていただろう。皆怪訝な顔をしていた。

 碧旋は地面に突き刺した木剣を抜いた。そして、門の脇へ寄ると、「皆、下がって場所を開けろ。そちらもだ、控えておけ」と護衛全員と使者たちを見渡して告げた。


 護衛たちは全員指示に従った。

 彼らはもともと王族と高位貴族に仕えている。今回はお忍びだと言われているものの、必要があれば身分を明かすこともあるだろうと織り込み済みなのだ。

 護衛たちが整列している間に、物音ははっきりと近づいてきた。初めの音は、金属を叩く音だろう。次の音は、恐らく笛、それも角笛だ。


 男爵家の使者と、兵士たちは、しばらく戸惑っていたが、護衛たちが列を作り、地面に膝をつくのを見ると、音の正体をようやく悟ったようだった。

 しかし兵士たちはお互いに顔を見合わせ、使者の方を窺う。

 使者の方は腕を組んで顔をしかめている。

 音の正体にはうすうす気づいても、まだ確信には至らないのだろう。


 偉華では、布告の形式が二通りある。

 一つは、宣告である。これは行政府である治部省、裁判を管轄する刑部省などの六省が発布する命令のことだ。広く布告される場合も、個人に対して布告される場合とがある。

 もう一つは、宣旨である。これは王家が下す命令だ。王族と公式に認められている者ならば出すことができるが、王が裏付けていない宣旨には効力がない。詰まるところ、王が出す命令という意味がある。


 どちらの場合も、布告の際に耳目を集めるため、楽器を鳴らす。

 宣旨も宣告も、国事行為なのでどういう楽器を使用するかなど、法で決められている。

 使用するのは金属製の銅鑼と角笛だ。

 青銅製の銅鑼は、宣旨でも宣告でも二つと決められている。銅鑼には太陽と月の模様が象られている。

 角笛は宣旨では5本、宣告では1本だ。基本となる1本は、水牛の角で造られている。後の4本は青銅製のものだ。銅鑼が太陽と月を表し、角笛は偉華の四方を守る神と王家を表していると言われている。


 領主や代官たちもそれぞれ自分たちの命令を出すときに、その形式を真似ることが多い。ただ、この通りの鳴り物を鳴らすことは禁止されているので、銅鑼だけだったり、角笛だけだったり、他の楽器を使ったりしている。

 逆に言うと、銅鑼と角笛の組み合わせならば、宣旨か宣告であり、他の権威者からの命令よりも強い布告となる。

 どうやら、昇陽王子はわざわざ銅鑼と角笛を用意していたらしい。  

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