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第一の課題の顛末6

 抵抗を止めた沈を見て、碧旋は一つ頷くと、立ち合いに使用していた木剣をひょいと取り上げて、門まで進んだ。

 田爵の邸宅の正門とは言え、扉はない。一抱えほどの太さの木の柱が二本、間隔をあけて並んでいるだけだ。

 地面も特に舗装などは施していない。馬車や牛車で出入りするため、均されているが、ただそれだけだ。平民の大きな家とそれほど変わりない。

 その門柱の間の地面に、碧旋は木剣を刺した。


 刺した木剣の後ろに腕組みをして碧旋が立つ。

 戦士が木剣から一丈ほどの位置までくると、「ここは関府だ。許可なき者は去れ」と碧旋が言う。怒鳴るわけではないが、通る声だ。

 戦士はその場で立ち止まり、拱手の礼をとった。「加州槙県包郷主、沈男爵家の名代として罷り越した。名を向善と申す。関田爵にお取次ぎ願いたい」


 基本的に拱手は同格の相手に対する礼だ。

 男爵家の名代であれば、男爵か、それに準じる扱いとなる。

 対するこちらは田爵なので、男爵よりは格下の扱いとなる。恐らくここで対峙している碧旋のことは、田爵家の使用人とでも思っているだろうから、やや丁寧な態度に出ていることになる。


 実際の碧旋は養子とは言え、侯子だ。かなり格上の相手になるが、このいでたちでは、平民出の護衛に見える。但し、平民にしては容貌が人目を惹く。平民でも顔立ちが優れている者はいるが、栄養状態がよく、肌艶が良いのは、裕福な生活の証だ。

 さらに、碧旋の後ろに立つ盛容は、纏っている衣服も華美ではないが、質の良いものであることは一目見ればわかる。布の肌理の細かさ、体に合った縫製、さりげなく施された刺繍。剣も質実剛健であるが、剣帯には金で飾りが施されている。貴族であることは一目でわかるだろう。


 さすがに名代を務めるだけあって、そのあたりを見極めることができるようだ。

 「用件を申せ」碧旋が動じずに言うと、名代の眉がぐいと上がった。

 「お取次ぎ願う」何かをぐっと飲み込んで、名代が重ねて言う。

「用件による。なぜなら、そもそも包の郷主とは面識もない。所縁も持たぬ。そのような相手からの使い、どのような用件なのか見当がつかぬゆえ、先に詳らかにしておきたい」

 「田爵にご説明させていただきたく」


 名代も引く気はないようだ。

 「沈」埒が明かないと思ったのか、碧旋がちらりと盛容に視線を投げる。「ん、俺か?」と言いながら、盛容は沈を護衛の中から肩を掴んで引っ張り出した。

 「お目当てはこの者かな」碧旋は左手を横に伸ばし、その後ろに沈を立たせた。


 「沈慧様。久方ぶりに御目文字仕る」名代は膝をついた拱手の礼を取る。

 「ああ」沈は渋い表情で答える。何が久方ぶりだ。この近隣をうろついて、自分をおびき出そうとしていたくせに。仕方なく二度ほど会った。つい、四日前の夜のことだろう。


 この男は確かに男爵家に仕える従士の一人で、勿論知っている。出奔以前は可もなく不可もない関係だった。自分よりも父の家臣であるし、自分の従士はまた別に考えていたので、特に親しいわけではない。沈慧が跡取りであることは確実視されていたので、敬意を持って接してくれていたと思う。

 それでも気質が合わないのか、個人的な会話をしたことはないような気がする。真面目というより、頑固な男だ。古い考え方を持ち、そう言えば、平民と遊び、友人になった沈慧の行動を再三諌めてきた。幼い頃はともかく、五歳ごろには遊びは卒業し、身分を考えて振舞うよう躾けるべきだと父親にも言っていたようだ。


 周瑶との仲にも反対していたらしい。不釣り合いというより、もっと有力な貴族とのつながりを作る方が望ましいと。

 そういう男だから、沈慧に対しても父親の病状を告げ、戻るべきだ、の一点張りだった。

 沈慧は戻る気などない。

 戻ったところで、男爵家を継ぐ気もないし、継ぐ気もないのに戻れば揉め事の種になるだけだ。少なくとも表面上は立派な成人男子であり、成人前の弟に比べれば、当主として相応しく見える面もあるだろう。

 母親の気持ちもわかるが、沈慧の決心は変わらない。変わるくらいなら、そもそも家を出ていない。


 理由を話せば、恐らくこの男も、母親も納得するだろう。父親が十年前、自分を探さなかったのも、理由を知っているからだ。

 あまり話したくはないが、相手が引き下がらないのであれば、やむを得ないか。


 「いい頃合だな」碧旋の言葉が耳に入る。どういう意味だろうと考えていると、碧旋が懐から、小さな笛を出し、口に当てた。

 甲高い音が一声、周囲に響く。

 鳥笛だ。

 鳥の呼び方は、三種類ある。鳥笛は一番普及している方法だ。誰でも、吹きさえすればいい。但し、それでやってくるのは、町役場で飼育している鳥だろう。それに託せる内容は救難依頼のみと定められている。

 独自に鳥を飼っている者、鳥を使う職や組織に属しているものは、口笛や指笛、特別製の鳥笛を使って、鳥を呼ぶ。

 鳥を呼ぶことのできる六感もあるらしい。


 碧旋は、鳥を飼っているのか。田爵の家の周囲は街から離れているので、役場の鳥が巡回する経路からは外れているだろう。もしかしたら、公爵家の領地を巡る鳥の経路には当たっているのかもしれない。しかし公爵家の鳥を使うには、その呼び方を知らなければならない。鳥を使っている組織は、組織ごとに独自の呼び方を使っていて、それで呼ばないと鳥は使えない。よそ者では使えないのだ。

 田爵が公爵家の鳥を使えるのかもしれないが、それを客人にそうやすやすと教えることはないだろう。と、すると、碧旋は別の鳥を使っていることになるが。

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