表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
55/198

第一の課題の顛末2

 「よろしくお願いいたします」周は盛容と碧旋に向かって頭を下げた。

 「いや、何言ってんだよ」沈が抗議の声を上げた。

 「承知した」碧旋が右腕を周の首に回し、続いて盛容が沈に近づいて言った。「お前、我々が鍛錬をこなしているところを何度か見に来ていただろう。興味あるからじゃないのか?」その言葉に沈の息が詰まる。

 盛容は左腕を沈の首に回し、碧旋と盛容が揃って歩き出す。沈は二人に後ろ向きに引きずられていく。関路は扉を開け、三人を送り出して後、再び扉をしめて、また扉を塞ぐように立つ。


 夏瑚が目を通している帳簿は、きちんとしたものだった。

 基本的な内容だけでなく、覚書のような箇条書きの文字列も多かった。振り返ってみて、その時何があったのか、何をしたのか、結果がどうだったのか、それに対してどうすればより改善できると考えるのか、細かく書かれている。

 それ以外にも、田爵の誕生日や、沈の誕生日に何をしたらいいか、などのような直接仕事とは関係ないようなことも書いてある。この地域で知り合った住民のことや地域の行事など、仕事相手や仕事の上での予定以外のことも記されている。


 それを読む限り、田爵とは大家と店子という関係であり、うまく付き合っているようだが、周たちの仕事には介入していないのがよくわかる。基本的に仕事に関しては周が主体となって進めているのだ。

 夏瑚が目を上げると、周が勧められた椅子に腰を下ろしたところだった。

 「とても詳細に記録されていますね」夏瑚の言葉に、「痛み入ります」と周は頭を下げる。その目は潤んでいるようだ。

 まさか自分に褒められたからではあるまい。

 

 「なにも案じることはない」乗月王子が周に掛けた声は柔らかかった。

 沈とともに退出した碧旋と盛容以外の昇陽王子、乗月王子、盛墨公子、劉慎と夏瑚も、元の席に着いている。周を囲んだ配置になっており、周にすれば、落ち着かない状況かもしれない。

 「有難いお言葉にございますが、小心者ゆえ、ご容赦くださいませ」うなだれたまま、周が応じる。

 これまでの態度とは違っていた。

 自分たちの事業について説明するときは、にこやかで、これほど畏まってはいなかった。それは、貴族の末端の人間に対する振る舞いだったのだろう。十分に礼儀正しくはあるが、委縮してはいなかったのに、今は上位者の怒りを恐れていると感じる。


 「では、何を案じている。心当たりがあるのだろう?」今度は昇陽王子だ。じっと周を見ている。

 「私共には追っ手がかかっているようです。まさか十年も経ってとは思いましたが、故郷の縁者が私共、ことに沈慧を辿って現れております」

 「その言葉を聞くに、追っ手に心当たりがあるのだな?」昇陽王子が重ねて聞く。


 周は肯定し、十年前の出奔の内容を説明した。

 それによると、初めに家を出たのは沈であったとのこと。将来の約束をしていた周がそれを追い、沈は渋ったが、周は頑として同行すると主張したため、二人での道行きとなった。周自身は実家との問題はないので、資金や林檎の苗、栽培の助力、販売の伝手などで実家の縁を使うことができた。もっとも、沈の生家が早くに嫡男を諦めたからそれが可能だったのだそうだ。そうでなければ実家が咎められる恐れがあった。


 「沈の出奔の理由は知らないと?」昇陽王子は首をひねる。「はい、存じません。何度も尋ねましたが、口を開くことはありませんでした」

 将来を約束した相手にも明かせない理由とは、どんなものだろうか。それがあったから、男爵家も嫡男を諦めた、と考えることができる。

 「将来の話をしていた時に、そう言う話はまるでなかった?」夏瑚の口から思いつくまま疑問が零れる。

「少なくとも、家を出るという考えはなかったと存じます。沈慧は生家を継ぐ前提の話をしておりましたから」噛み締めるように答える周を見ながら、沈にいったい何があったのだろうか?と考えるが、彼のことをよく知らない夏瑚にわかるはずがない。


 「沈慧は生家を盛り立てたいと、申しておりました。そのために力を貸してほしい、と。私もそのつもりでおりました。それなのに、突然家を出る、私にも何もしてやれないと別れを告げられました。私は納得できず、後を追いました。沈慧にはもう一つ、夢のようなものがありましたので、そちらを叶えるために行動したのかと思っておりましたが…」

 「夢?」盛墨が身を乗り出して聞く。「はい。剣術を続けること、もっと上達することを目標としておりました。沈慧の生家は武家でしたので、それは跡を継ぐことと矛盾はしなかったのですが」と周は言葉を切って、微かに笑う。


 武家とは、王家や領主に、武力を持って貢献する家系のことを指す。他国との接触がなく、大きな内乱なども起きない偉華の現状では、家の当主や跡取りは領地の内政に励むことになり、次子や分家の者が軍などに所属するなどして武家の面目を保つ、のが一般的になっている。

 当然沈慧も領地経営が主な仕事となり、鍛錬は欠かさなかったものの、二の次になっていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ